4月11日 日曜礼拝

4月11日 日曜礼拝(306)
週の初めに皆で集い、礼拝と聖書の言葉でスタートする幸い・・・
聖書が示す唯一の希望の光をあなたに。
※「週の初めの日」とはユダヤ的表現で、私たちから見ると日曜日を指します。
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4月の招詞 ~詩篇118:1-4
1 【主】に感謝せよ。
 主はまことにいつくしみ深い。 
 その恵みはとこしえまで。 
2 さあ イスラエルよ 言え。
 「主の恵みはとこしえまで。」 
3 さあ アロンの家よ 言え。 
 「主の恵みはとこしえまで。」 
4 さあ 主を恐れる者たちよ 言え。
 「主の恵みはとこしえまで。」

賛美 ~聖歌・総合版より(括弧内は旧番号) 
・196(229)おどろくばかりの
・474(461)ながしたまいし
・378(385)さかえあれや

メッセージ:「エレミヤの象徴的行為~壊された器の惨状」
聖書箇所 
エレミヤ書19:1~13
1)【主】はこう言われる。「行って、
 土の焼き物の瓶を買い、民の長老と
 年長の祭司のうちの数人とともに、
2)陶片の門の入り口にあるベン・
 ヒノムの谷に出かけ、そこで、
 わたしがあなたに語ることばを叫べ。
3)『ユダの王たちとエルサレムの
 住民よ、【主】のことばを聞け。
 イスラエルの神、万軍の【主】は
 こう言われる。
 見よ、わたしはこの場所にわざわいを
 もたらす。
 だれでもそのことを聞く者は、両耳が
 鳴る。

〈 一部割愛 〉

11)彼らに言え。『万軍の【主】は
  こう言われる。陶器師の器が
  砕かれると、二度と直すことは
  できない。このように、わたしは
  この民と、この都を砕く。
  人々はトフェトに空き地がない
  までに葬る。
12)わたしはこの場所と
  ──【主】のことば──
  その住民にこのようにする。
  わたしはこの都をトフェトのように
  する。
  エルサレムの家々とユダの王の家々、
  すなわち、屋上で天の万象に犠牲を
  供え、ほかの神々に注ぎのぶどう酒
  を注いだすべての家々は、
  トフェトの地のように汚される。』」

*「新改訳2017」を使用しています。
 エレミヤ書19:1-13
↑カーソルを合わせると聖句の一部が確認できます。  
小野寺望 牧師

講解 エレミヤ書

| はじめに
1.硬くなり砕かれる器の惨状 
(1)「粘土」と「陶器師」:本来はイスラエルと神の関係を表す表現。
*補足1:それは召し出された「子」と召し出した「父」の関係。
*補足2:父は子に対して、陶器師は粘土(器)に対して主権を持つ。
*補足3:ロマ9:19~24は、イスラエルの民族的選びの文脈でパウロは語る。

2.「ユダヤ民族」に対する表現(信仰の有無ではない)
*補足:信仰的あろうと無かろうと、ユダヤ民族は神の民であり、神の国である。
(1)当然、祝福を得るには応答することが求められ、かたくなな「器」は完全に砕かれる。
(2)イスラエルは、世界に祝福をもたらすために召された祭司の民。
*補足:異邦人諸国と違い、神にとって特別な民である。
 例:宝の民(出16:5)、王なる祭司、神の種族(1ペテ2:5・9)

3.選びの民は、豊かな祝福(霊的・物的)と共にひときわ大きな責任を負う。
(1)偶像礼拝は神に対して最大の罪:ヒノムの谷の子を焼いてモレク(バアル)に捧げていた。
(2)極度の貧困から、ヒノムで偶像のように、子たちの肉を貪り食うようになる。
*神が予告した「剣」「疫病」「飢饉」「捕囚」のさばきの結果である。

*補足:神のパン(マナ)で空腹を満たした民が、偶像と同じものを食す皮肉。
 
 後に、神は生けるパン「キリスト」を彼らに与えた。またイエスが神の子羊として十字架に付く前の夜(過越しの食事)に、新しい契約のしるしとして、そのみ体(パン)と血(ぶどう酒)を12弟子に与えた。その一度限りのやり取りで契約は確かに締結され、イエスの血が十字架上で流された。

 異邦人クリスチャンは、福音を信じて普遍的教会に加えられることで、アブラハム契約の内の霊的祝福を分け合う者となった。

 もう少し厳密にいうと、新しい契約は神と教会との契約ではなく、イスラエルと結ばれた契約であり、異邦人は信仰によってユダヤ人と共に「新しいひとりの人」とされ、両者は等しく霊的祝福を分かち合う(契約に接ぎ木された)のである。神の愛が両者に等しく注がれる・・・これは旧約時代はもちろん、千年王国にさえ無い驚くべき状態である。異邦人でさえもキリストを通していただく霊的恵みによって、内面の空腹が満たされるのである。

◆「人はパンのみによって生きるのではない」(マタ4:3)
誘惑を跳ね返したイエスが悪魔に反論した言葉。では何によるのか・・・「神の口から出る一つ一つのことば」による。
「生きる」とは何か?生命活動をしていれば“生きている”のか?自己が充足していれば“生きている”のか?

本当に「生きること」(逆を言うと「死ぬこと」)とは何か?聖書の言葉に耳を傾け、ヘブル的真理に目を留める時ではないか?

3.クリスチャンも、また福音を内に秘めた「神の器」である。(2コリ:7-15など)
*イスラエルを指す象徴とは違う意味で。
*主権を持つ陶器師の御心に従うという原則は変わらない。

メッセージのアウトライン
Ⅰ ベン・ヒノムの谷での罪(1節)
Ⅱ 焼き物の瓶のメッセージ(2~13節)

|ゴール:
Ⅰ神の良き器として用いられる~新約聖書における「神の器」
*このメッセージは、良き器として用いられる信仰生活を送るためのものである。



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