1月24日 日曜礼拝

1月24日 日曜礼拝(295)
週の初めに皆で集い、礼拝と聖書の言葉でスタートする幸い・・・
聖書が示す唯一の希望の光をあなたに。
※「週の初めの日」とはユダヤ的表現で、私たちから見ると日曜日を指します。
聖書アイコン


1月の招詞 ~詩篇104:33-34
33 私はいのちの限り、【主】に歌い 
   生きるかぎり 私の神をほめ歌います。
34 私の心の思いが、みこころにかないますように。 
   私は 【主】を喜びます。

賛美 ~聖歌・総合版より(括弧内は旧番号) 
・35(93)ふし拝めくにたみよ
・427(425)つみおもにをのぞくは
・378(385)さかえあれや

メッセージ:「消し難い罪の性質と神のきよさ」
聖書箇所 
エレミヤ書17:1~11
1) 「ユダの罪は、鉄の筆と
 金剛石の先端で記され、  
 彼らの心の板と彼らの祭壇の
 角に刻まれている。  

2) 彼らの子たちまでもが、  
 その祭壇や、高い丘の
 青々と茂る木のそばにある  
 アシェラ像を覚えているほどだ。  

3) 野にあるわたしの山よ。  
 あなたの領土のいたる
 ところで犯した罪ゆえに、  
 わたしは、あなたの財宝、
 すべての宝物を、  
 高き所とともに、戦利品として
 引き渡す。  

〈 一部割愛 〉

9) 人の心は何よりも
 ねじ曲がっている。  
 それは癒やしがたい。  
  だれが、それを知り
 尽くすことができる
 だろうか。  

10)わたし、【主】が心を探り、
 心の奥を試し、  
 それぞれその生き方により、  
 行いの実にしたがって
 報いる。」  

11)しゃこが自分で産まな
 かった卵を抱くように、  
 公正によらないで富を得る
 者がいる。  
 彼の生涯の半ばで、  
 富が彼を置き去りにし、  
 その末は愚か者に終わる。  

*「新改訳2017」を使用しています。
 エレミヤ書17:1-11
↑カーソルを合わせると聖句の一部が確認できます。  
小野寺望 牧師

講解 エレミヤ書

| はじめに
罪の性質からの解放
|ユダの民を通して、個々人の内の「やみ」を顧みよ

1.自力回復できない性質:コロナ禍での愛の欠落や問題行動
(1)いわゆる「やみ」を持つ自分の心は、努力で変えられない。
  *聖書はこの問題について、非常に根深く、自力回復不可能であると教える。

(2)「しょうがない」と目を反らさずに、罪の性質(原罪)を認める必要がある。

2.全人類が生まれながらに持つ性質    ロマ5:19、エペ2:3
(1)罪の現れ方には個人差があるが、きよさの点で神の基準には到底及ばない。
  *人類に義人(罪なき者)はおらず、「全的に堕落している」と言われる所以である。

(2)「罪」が個々人の心に、また世界(被造物全体)に、大きな悪影響を及ぼす。  
  *それを受け止める人とそうでない人との間には、世界観の違いが生じる。

3.きよめることができる性質
(1)ユダをさばき、祝福する神が、個々人の処し難い罪の性質を回復する。

メッセージのアウトライン
Ⅰ 消し去れないユダの罪(1~4節)
Ⅱ 人でなく神に信頼を(5~11節)

|ゴール:
Ⅰ 罪が刻まれた心に律法を刻む神
*このメッセージは、ユダの民の罪を通して、原罪とその解決を学ぶものである。


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メッセージアウトライン2

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