11月1日 日曜礼拝

11月1日 日曜礼拝(283) 聖餐式
週の初めに皆で集い、礼拝と聖書の言葉でスタートする幸い・・・
聖書が示す唯一の希望の光をあなたに。
※「週の初めの日」とはユダヤ的表現で、私たちから見ると日曜日を指します。
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11月の招詞 ~詩篇145:1-3
1 私の神 王よ 私はあなたをあがめます。
 あなたの御名を 世々限りなくほめたたえます。
2 日ごとにあなたをほめたたえ 
 あなたの御名を世々限りなく賛美します。
3 【主】は大いなる方。大いに賛美されるべき方。
 その偉大さは 測り知ることもできません。

賛美 ~聖歌・総合版より(括弧内は旧番号) 
・551(529)ゆきてつげよあまねく
・604(570)雨をふりそそぎ
・171(210)主よながみまえにゆき〈 聖餐式 〉
・376(383)ちち・みこ・みたまの

メッセージ:「日照りの預言~主の雨に感謝」
聖書箇所 エレミヤ書14:1~6
1 ) 日照りのことについて、エレミヤに
  あった【主】のことば。
2)  「ユダは喪に服し、その門は打ち
   しおれ、地に伏して嘆き悲しみ、
   エルサレムは哀れな叫びを
   あげる。  
3)  高貴な人は、召使いに水を汲みに
   行かせるが、彼らが水溜めのところに
   来ても、水は見つからず、空の器の
   ままで帰る。彼らは恥を見、辱め
   られて、頭をおおう。  
4)  地には秋の大雨が降らず、地面は
   割れて、農夫たちは恥を見、
   頭をおおう。  
5)  野の雌鹿さえ、子を産んでも
   捨てる。若草がないからだ。  
6)  野ろばは裸の丘の上に立ち、  
    ジャッカルのようにあえぎ、
    目も衰え果てる。青草がない
    からだ。」  

*「新改訳2017」を使用しています。
 エレミヤ書14:1-6
↑カーソルを合わせると聖句の一部が確認できます。  
小野寺望 牧師

講解 エレミヤ書

| はじめに
Ⅰ 11月のイスラエル ~仮庵の祭りを終えて
1.初めの雨(秋の雨季)
(1)イスラエルにおける現実
 ①毎年雨季になると、雨の量が気がかり(ガリラヤ湖の水位)
 ②湧き水や小川なども、水がなければ枯れてしまう。飲み水や農業に影響。

(2)約束の地で生きる者にとって、雨は以下のものではない。
 ①単なる自然現象にとどまるものではない。
 ②異教の偶像やまじない(雨乞い)で何とかなるものではない。
 ③そこに留まること自体が、人の意思で何とかなるものではない。

2.14章のアウトライン
 ①1-6節 日照りの預言
 ②7-18節 エレミヤのとりなし(第1・第2の祈り)
 ③19節-5章4節 第3の祈りと神のことば 


メッセージのアウトライン
Ⅰイスラエルにとっての「雨」
Ⅱイスラエルにとっての日照り(1~6節)
Ⅲ初めの雨(秋)と後の雨(春)の預言的意味

|ゴール:
Ⅰ私たちの生涯と、約束の地の共通点
*このメッセージは、イスラエルの雨季から、神の希望について学ぶためのものである。

コラム:イスラエルは中間地帯
(1)3つの意味で中間地帯
 ①海と陸に挟まれ、定期的に押し合うことで、雨季と乾期が訪れる。
 ②アジアとアフリカの中間地帯(例:キングスハイウェイ)
 ③海の民と陸の民の中間地帯
(2)架け橋のような条件:
 ①しばしば戦略上、常に近隣の大国から狙われ、安定しない地である。
 ②自力では到底存続できない土地である。
(3)クリスチャン(「神の子」ガラテヤ3:26)の生涯も、同様である。


「神の子」が持つ複数の定義
 「神の子」という言葉は、時代を経て啓示(聖書)が進むごとに、意味に広がりを持っている。それは、「父なる神」という言葉の意味の広がりに伴うものである。
①第一義的には、神の第二位格である御子キリスト。
エペ1:3、ヨハ3:16、マタ3:17など
※人間的な親子の関係を両神格の間に押し付けてはならない。神は永遠なる存在で、「生んだ・生まれた」という関係で説明することができない。「父・子」という呼称は、むしろ神を敬い、親しみ、向き合う姿勢を私たちに分かる表現で教えている。

②御父は祭司の民イスラエルの父でもある。出4:22、マラ1:6など
※一方でイスラエルは「ヤハウェの妻」とも扱われる。エゼ16:8

③教会時代のクリスチャンを含むすべての信者。ヨハ1:12、ロマ8:15-17
④御父は最も広い意味では、地の塵より創造されたアダム、それ以降生まれた人類全体の父である。
使徒17:29、エペ3:14-15
※さらには被造物全体の父でもある。1コリ6:8、ヤコ1:17


 聖書の筆者が「神の子」と言うときに、どれを指しているかは当然文脈によって判定される。同じ「神の子」でも各々意味が異なり、教理的には以下の点で注意したい。

①異邦人がクリスチャンになったら「霊的イスラエル」になる(置換神学)・・・×
異邦人が信者になると、ユダヤ人信者と共に「新しい一つのからだ」(普遍的教会)を形成するが、あくまで異邦人のままであり、契約の民イスラエルにはならない。

②信仰によって神の子とされ、キリストと等しく神格を有する・・・×
信じて「神の子」とされても、キリストのように「神格」を有することはない。人格や生き様がきよめられる聖化と混同しない。また、「キリストと共に共同相続人にされる」こととも混同しない。

③信じなくてもすべての人は神の愛ゆえに救われている・・・×
「普遍的救い・ユニバーサリズム」(自由主義神学が主張する)は誤り。生まれながらの罪人が救われる方法は、福音を信じること以外にはない。イエス・キリストが唯一の「道」「門」であり、「いのち」なのである。

神の愛は、義なる性質との調和なしに論じることができない。未信者はまた「悪魔の子」とも呼ばれる。
ヨハ8:44、1ヨハネ3:10



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メッセージアウトライン2

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聖餐式2
*過越しの祭りのイメージ(イスラエルでは桜に似たアーモンドの花が春の訪れを知らせる)
聖餐式イメージ
*聖餐式のイメージ(実際にはパン種の入らない薄いパン(ヘブル語でマッツァ)を用います。


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*20.11.08 コラム・続 「『神の子』が持つ複数の定義」 の内容を、より明確に訂正しました。
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