メッセージを味わう~「黙示録」を理解するために①

礼拝メッセージ〈ヨハネの黙示録〉を味わうために①

 私たちの教会では、礼拝のシリーズメッセージとして11月から新約聖書の「ヨハネの黙示録」を取り上げ、毎回神様の大きな真理に感動を覚えております。まさに「この書を学ぶ者に祝福を与える(1:3)」という約束の通りです。

 黙示録が良く分からないという声を耳にします。「黙示文学だから分からなくてもしょうがない」・・・本当にそうでしょうか?これまで教会史の中で、同じ「一つの体」であるはずのユダヤ人と異邦人が切り離され、続いて異邦人教会の中で分派が起こりました。「聖書をどのように理解するか」という点で様々な立場が起こりました。聖書で解釈困難な個所には、ユダヤ的な土台を無視した勝手な象徴や比喩を加えることで理解しようと試みました。

 その結果、どの程度、どの個所に象徴や比喩を加えるかによって、神様の計画の時代区分についての理解も分かれました。各々の先生がどの立場に立って語るかによってその解説が異なってきます。黙示録はその最たるものであり、注解書を見れば見るほど分からなくなってくる恐れがあります。

 信者の間に色々な理解があり、礼拝メッセージとして知的に理解してもらうには相応の準備が必要ということで、いつしか黙示録はほとんど教会では語られなくなり、今日のクリスチャン生活からは縁遠い存在になってしまいました。本来最も祝福されるべき書が無視されてしまうというのは本当に残念であり、神の言葉を捻じ曲げるサタンの策略にはまっているように思えます。

 しかし、黙示録は本来そんなに難解な書なのでしょうか?ある原則をもって立ち向かうならば、もっとシンプルに理解できないでしょうか?例えば「イスラエル」という言葉を無理に「教会」に置き換えたり(置換神学)、また黙示録の内容をクリスチャンの今日の生活や世界情勢などに無理に読み替えたり(私たちの手元に引き寄せるような勝手読み)・・・そんなことせずに、旧約聖書で既に明かされた預言の内容、象徴の使用法に従って読み解いてゆくならば(つまりへブル的視点)、実はもっとシンプルに理解できるのです。

◆ 黙示録を理解する上での黄金律
① ある個所を文字通り読んで意味が通じるならば、そのほかの意味を求めようとしない。
 最も一般的に、単純に理解することを求めるが、聖書全体の真理と比較して、文脈上別の意味にとるべきであると判断される場合は、この限りではない。ある単語を象徴的に理解する必要がある場合は、聖書の他の個所での一般的な使用法と比較する。

② 二重言及の原則
 例:メシアの来臨についての預言・・・旧約聖書の預言者たちはそれを一つのことのように語るが、実際は初臨と再臨という二つの出来事についてそれぞれ語っている。

③ 再記述の原則
 はじめに総論的に説明し、後にさらに細かくしぼってもう一度再記述する場合がある。

④ 文脈を見極め、それに従う。
 文脈を無視した解釈は、私的解釈である。

 今回、黙示録にチャレンジするに当たり、事前に旧約聖書の小預言書を礼拝メッセージで講解しつつ準備してきました。しかし、途中から入って来られる方にもその内容と適用(今日の生活に何が生かせるか)を、なるべく理解していただけるように毎回努めますので、どうぞお越しください。神様の祝福がありますように・・・
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