父の日を覚えて

父の日を覚えて(2016.6.19)

◆ すべてのお父さんの働きを感謝します。
 父の日の由来・・・1909年にアメリカ・ワシントン州のジョン・ブルース・ドッド婦人が、先立った母に代わり、男手1つで自分を含め子供たち6人を育ててくれた父(ウィリアム)を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。
 最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた。当時すでに母の日が始まっていた(1905年)ため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。
1966年、アメリカ合衆国第36代大統領リンドン・ジョンソンは、父の日を称賛する大統領告示を発し、6月の第3日曜日を父の日に定めた。1910年の最初の祝典の際には、YMCAの青年が、父を讃えるために、父が健在の者は赤いバラ、亡くなった者は白いバラを身につけたと伝えられる。(ウェキペディアより一部参照)

 聖書と父・・・聖書では、神さまを「父」という言葉で表現します。それは決して男女差別ではありません。神さまってどんなお方か、考えるときに、私たちにも理解できるように「父」という言葉でご自身を表現し、「父」という言葉を通しておのずと神さまがどのようなお方が理解できるようにされました。
 また、今日さまざまな事情から父の重要性が薄まっているように思えます。望ましいことではありませんが、家庭の形態が多様化し、父の機能があたかも他のものによって代用可能であるかのような錯覚さえ覚えてしまいます。しかし家庭というシステムは神さまが造られ、家庭における父の働きが大切であると聖書は教えます。

 父なる神と子なる神・・・今日クリスチャンが救い主として信じるイエス・キリストは「父」に対して「子」なる神です。決して神が複数あるのではありません。また、初めに「父」がいて、「子」イエスが生まれたのでもありません。聖書は、その位格が複数あることは認めつつも、神としては唯一である(三位一体)と教えます。「父」と「子」、それらの表現から密接な一体性を見出すべきです。

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