5月8日 母の日の礼拝

5月8日 母の日の礼拝(53)
天候:晴れ

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号) 
・40(96)せいなるかな
・344(353)世にもとうとく清きふみあり
・377(384)すべてのめぐみの

■メッセージ:まことの神を子へ伝えよ(箴言1:7-9ほか)

2016年母の日礼拝



◆母の日の起源
【イギリス】17世紀に始まったとされ、奉公中の子どもが教会で母と面会するなどの行事が行われた。

【アメリカ】南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウオード・ハウが、夫や子どもを戦争に送るのを拒否しようと立ち上がり、「母の日宣言」を発した。それ自体は普及することはなかったが、ジャービスの死の二年後、娘のアンナが亡き母親を偲び、母が日曜学校で奉仕していた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈ったのが、今日理解される母の日の起源である。

①神を恐れよ
・箴言全体の中心テーマと言っても差し支えない。§箴言9:10、詩篇111:10
 少し表現こそ違うが、箴言15:33、ヨブ28:28も含めて良い。「神を恐れる」とは単なる恐怖ではない。人間として主権者である神に対してひれ伏す、畏敬の念を指す。

・神は創造者であり、人を含めすべての者を造られた。
・それ故に人は神の前にひれ伏し、神をあがめる。
・礼拝するのが当然であり、神に逆らう理由はない。
・人間のあるべき姿がそこにある。§エペ2:12

・「知識」を指す「ヘ:ダアス」はこの世の単なる人間的知識を指すのではない。この言葉が刺しているのは、神についての知識である。§箴言2:5”そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、神の知識を見いだそう。”

・教育の基本は神を畏れ、神に服従することを教える。
・イスラエルの家庭では、子供に対しては父親が率先して、心、精神、力を尽くして主を愛することを教えた。
・愚か者「ヘ:エウィール」とは、知能指数の低いものではなく、まさに神を知ろうとしない者を指す。

②子の歩みを整えよ
◆信仰を伝える母とそうでない母の比較

・神を敬う親子(テモテの母とテモテ)§使徒16:1-4

・神を敬わない親子(ヘロデヤとサロメ)の結末 ~負の感化(不信仰の継承)の結果
1叔父の国主ピリポと結婚した。
2後に従妹のアリストブロスと再婚した。
3彼女は氷の上を歩いていたとき、氷が割れて水に落ちた。
4首だけが氷の上に出ていた。
5もがいているうちに、氷の鋭利や刃で首をはねられたような状態になり死んだ。
・まことの神を子に教え、信仰を継承することはその子の人生に大きな影響を与える。家庭における父の責任とならんで、母が教えることも箴言には強調される。それは単なるイスラエルの家庭の文化の話ではない。なぜなら神が家族という仕組みを作られたから。§箴言6:20

・子を慰める母のなぐさめ、それは神によるイスラエルへの慰めに例えられる。


▼悪魔の常套手段
(英メソジストの伝道師 ジョージ・ホイットフィールド・1714-70)
・絶望させる
・高ぶらせる
・神さまを冷酷なお方と思わせる。
・不信仰、不敬虔、また冒涜を引き入れる
・親戚、友人などの良くない感化を受け入れさせる。
・わざとしばらく離れ、油断させた後、急に襲う。

③母を通して神を見る
▼母の愛から神を見る
 米国の詩人で、奴隷解放詩や賛美歌312番などで知られるジョン・G・ホイッチャー(1807-92)は、7歳のときにクウェーカー教徒の母に連れられて病人の見舞いにたびたび行っていた。

 ある病人の女性は、日ごろ品行が悪いことから誰からも同情されず、面倒を見ようとする人もいなかった。ホイッチャーの母はそのような者に対しても一生懸命仕え、身の回りの世話をし、そして神が彼女を愛していることを伝え、彼女の孤独を慰めた。

 母のやさしく、憐みのある態度を通して、ホイッチャーは子どもながらに、心に深い感動を覚えた。そして母の愛の行動から神の深い愛を見出したのである。「この時以来、私は神がこのように慈悲深い方であり、この世をいつくしみ、深い目的をもって支配されていることを、少しも疑うことがなくなった」。
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