3月6日 日曜礼拝

3月6日 日曜礼拝(44)・聖餐式
天候:晴れ

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号) 
・56(112)主なる神を
・558(536)ガリラヤ湖のきしにて
・171(210)主のながみまえにゆき
・377(384)すべてのめぐみの

■メッセージ:アモス書講解~このことばを聞け②(アモス書4:1-13)
① 避けられぬ定めへの哀歌と願い
② 葬儀に続く主の審判とさばき
③ 神による拒絶
■まとめ 
・神に会う備え

① 避けられぬ定めへの哀歌と願い
a イスラエルへの哀歌(死者を悲しむ歌)1-3節
・イスラエルに来るべき出来事、まだ来ていない段階で、すでに起こったように語られる。アッシリヤによって徹底的に破壊され、人口の9割が殺される。
b わたしを求めて生きよ 4-9節
・ベテル・ギルガル・ベエルシェバ(南王国ユダ)の偶像礼拝と決別。
・第二の頌栄は5:8-9。二つの星座による季節の変化、昼と夜の一日の営み、海の水から雨を与え、大地を潤すことで、地に豊かな恵みを生み出す神。神につかさどられた自然の営みを通して神の全能がほめたたえられる。
c 善を求めよ。悪を求めるな 10-15節
・彼ら(強い者)は門で戒めを与える者を憎み、正しく語る者を忌みきらう。⇔主は強い者を踏みにじり、要塞を破壊。
・あなたがたは貧しい者を踏みつけ、小作料を取り立て⇔切り石の家々に住めない。
・美しいぶどう畑を作る⇔その酒を飲めない(4章干ばつと立ち枯れ、いなごの被害)。
・正しい者を嫌い、搾取を続ける者たちへのさばき
・「○○しても、××できない」という形式の繰り返し。イスラエル人たちの人間的達成と、それに伴う不正行為ゆえにその達成の報いに与れない逆転現象を描く。
・力ある者たちの暴走ゆえに、もはや正しいことを語る者はいない。

d 葬儀の悲しみ 16-17節
・「ああ」とは葬儀における悲しみの声。
・本来楽しみの場であるぶどう畑も、嘆きと悲しみの身が起こる。

② 葬儀に続く主の審判とさばき(主の日)
・主の日、それは主の審判の日。それは哀歌の悲しみの後に続く。
・人はそれを免れることはできない。§ヘブル9:27
・備えができていない者にとってそれは、光ではなくやみ。
 旧約聖書で「やみ」は、多くの場合神のさばきを意味する。
・「神に会う備え」4:12の重さと、多くの者ができていなかった
 イスラエルの霊的状態。評価を期待する要素などなく、ただ定め
 られた災害を待つだけの状態。

③ 神による拒絶
a 心のこもらない供えの拒絶 21-24節
・祭りを憎み、退ける。
・きよめの集会のときのかおりもかぎたくない。
・全焼のいけにえや、穀物のささげ物を喜ばない。
・肥えた家畜の和解のいけにえにも、目もくれない。
・形式的な信仰に落ちた「あなたがた」のだからである。

b 捕囚という拒絶 25-27節
・荒野にいた四十年の間、ほふられた獣とささげ物をささげたことがなかった。
・もはやアッシリヤの偶像、王サクテと星の神キウンにささげ物をささげている。
・それゆえにダマスコのかなたへ捕え移す。
・イスラエルの万軍の神、主という方のことば。

◆まとめ 神に会う備え

§参照聖句
ロマ 3:9 …すべての人が罪の下にあると責めたのです。
同 5:18 こういうわけで、ちょうど一つの違反(アダムの罪)によってすべての人が罪に定められたのと同様に、一つの義の行為(御子の十字架上の贖い)によってすべての人が義と認められて、いのちを与えられるのです。

ヘブ 9:27 そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、
1ペテ 3:18 キリストも一度、罪(自身の罪ではない)のために死なれました。正しい方(キリスト)が悪い人々(私たち)の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。
1コリ 15:22 すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。
ヨハネ 1:7 この人(バプテスマのヨハネ)は(光、キリストを)あかしのために来た…すべての人が彼(バプテスマのヨハネのあかし)によって(キリストを)信じるためである。
2ペテ 3:9 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束(主の再臨と審判)のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。
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