2月28日 日曜礼拝

2月28日 日曜礼拝(43)
天候:晴れ

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号) 
・41(97)きたりてたたえよ
・532(514)ひかりの高地に
・376(383)ちち・みこ・みたまの

■メッセージ:アモス書講解~このことばを聞け②(アモス書4:1-13)
① 貴婦人たちの度重なる搾取
② 止むことのない偶像礼拝
③ 神のことばに対する不遜な態度
■まとめ 
・神の国と神の義を第一に(マタイ6:33)・・・例話:企業における「利益の追求」と「社会への貢献」
・みこころに適っているならば必要は与えられる。
・歴史観を見る目の大切さ



◆ 前回までの流れ
・1-2章は諸国のさばきについての内容で第一区分にあたる。
・イスラエルと関わりの薄い諸国、イスラエルと親戚関係にある諸国、そして兄弟関係にある南ユダ、そして最後は北王国イスラエルに対するさばき。
・3-6章はアモス書の中心部分(本論)。内容は北王国イスラエルに対するさらに具体的な預言。北王国イスラエルの罪の指摘と、真の悔い改めの呼びかけ。
・繰り返し用いられるキーワードは「このことばを聞け」(3:1、4:1、5:1)。「ああ」(5:18、6:1)。

① 貴婦人たちの度重なる搾取
・ガリラヤ湖北東のバシャン(ゴラン高原)では当時良く肥えた牛が育てられていた。
・エルサレム(サマリヤ)の宮殿に住み、美と官能を追及する貴婦人たちへの最高の皮肉であり見下した表現。
・彼女たちは、さらに搾取するよう夫にせがんでいる。1節「飲ませよ」とは、もっと搾取して来いという意味。

・神の性質は「聖」である。主のきよさそれ自体が、おそれ、ひれ伏す理由となり得る神の性質。神はその性質ゆえに、目の前で起こされる罪を見過ごすことはできない。*参照…イザ6:3、詩篇99:9、レビ19:2など

・神の誓いは絶対である(ヘブ6:13)。その誓いが誓った通りに実現することこそ神が生きておられる証拠(エレ4:2、12:16)。
・ゼパ2:9の直訳は、「主は生きておられる」。

・「釣り針にかけ」それはアッシリヤによる捕囚を指す。歴史をつかさどる神はご自身が誓ったとおりに大国アッシリヤを用いてさばきを下す。
・「その日」とは何となく、結果的に攻め落とされた日ではなく、神の目から見れば必然であり、明確に意図して定めた「その日」。
・「ハルモン」は原意不明。KJVはパレス(宮殿)、70人訳は「圧迫の山」、新共同訳はバシャンの牛と連想してヘルモン山と訳す。

② 止むことのない偶像礼拝
・北王国の人々を神殿に上らせないようにするために、北はダン、南はベテルに金の子牛を作って礼拝させた。ギルガルはベテルのすぐ北に位置し、偶像礼拝が行われた。
・5節“感謝のささげ物として、種を入れたパンを焼き…”とは、人々がまことの神に対して奉げているのではなく、偶像に対して行っている様子。そして形だけの見せかけの信仰。それをなお勧めるような表現は神の皮肉であり、神は警告を無視して罪に向かう人々を容認される。

因みに出32:10で神は、罪をやめない人々に「やりたいようにさせよ」と突き放した。それは、個々人の歩みの責任は各人にゆだねられるという原則がみられる一方で、仲介者モーセのリーダーとしての資質をテストしたやりとり。

§マタイ 15:7-9
”偽善者たち。イザヤはあなたがたについて預言しているが、まさにそのとおりです。『この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。彼らが、わたしを拝んでも、むだなことである。人間の教えを、教えとして教えるだけだから。』”

③ 神のことばに対する不遜な態度

・神のことばを教訓として真摯に受け取ることはなかった罪。“わたしのもとに帰って来なかった”神の痛みのことばが5回も続く。

・”歯をきれいにして”とは食糧がない状態。干ばつが続き、たとえ雨が降ってもその降り方はいびつ。病害虫が増し、疫病と軍事的災害に悩まされる。出エジプトに伴い、神による多くの災いがエジプトを襲った。それはイスラエルが「神と共におられる」ということを示す出来事。にもかかわらず、その数々の災いが今度は選びの民を罰して矯正するために用いざるを得ない。

・これらは「契約の民」に対する神のさばきであり、今日このような状況にある特定の地域をさばく現象ではない。神と契約を結び、明確にことばが示されたイスラエルは、これらのことの原因が自分たちの不遜な態度にあること、これらの現象の背後に神がおられること、「わたしのもとに戻って来ない」という神の悲しみを理解すべきであった。
 
◆ 神に会う備えをせよ
・神の御性質(全知、全能、永遠、不変、偏在、聖、義、愛)を覚えよ。神がおられるということ、それだけで礼拝に値する唯一のお方。この全世界を創られたお方を礼拝せよ。

■ まとめ
・神の国と神の義を第一に(マタイ6:33)・・・例話:企業における「利益の追求」と「社会への貢献」
・みこころに適っているならば、必要は与えられる。

・歴史観を見る目の大切さ
 アッシリヤやバビロン、またギリシャやローマは多くの国を滅ぼした。世界史的な目で見るならばイスラエルはその敗れた多くの小国の一つに過ぎない。しかしそんな取るに足らない小国イスラエルが、実は神によって召し出され、神と契約を交わし、不信仰な態度を罰して矯正するためにアッシリヤやバビロンといった異邦の大国が神に用いられて、神の計画は進んでいる。
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Posted by希望の光バプテスト教会

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