1月3日 日曜礼拝

1月3日 日曜礼拝(35)
天候:晴れ

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号)
・35(93)ふし拝め国たみよ
・283(302)たちあがれいざ
・378(385)さかえあれや

■メッセージ:世の方法でなく、神の方法で②(マタイ5:6-10)

①義に飢え渇く者
②あわれみ深い者
③心のきよい者
④平和をつくる者
⑤義のために迫害を受ける者



・霊的な飢え渇きを指す。完全な基準(この文脈ではモーセの律法)に従って歩みたいという願い。きよい生活を歩みたいという願望である。
・まずはじめに信仰があって、その応答としての行動。

・神は私たちの必要を覚えて下さる方。ここでは特にきよい生活に渇望を覚えている人に対して、神は自らの守りの内に置かれることを約束している。神のみこころを守ることを人生の最優先に。


・自分に厳しく、他者に甘い(私たちは往々に逆になりがち)。
・他者の必要に敏感に応える。*参照 … 詩篇18:25、箴言11:17(新改訳は「真実な者」が口語では「あわれみ深い者」と訳される。)

▼ 例話:罪を犯した後、自分の責任を潔く認めること、それは時に抵抗を覚えることはないか。それは罪の性質である。罪を犯した後に、責任転嫁した者たちがいた(人類の始めであるアダム・エバ)。

・彼らの態度は「憐み深さ」とは対極の姿。原罪を持つすべての者の悪癖であり、キリストによって救われてきよめられつつあるクリスチャン一人ひとりの心の中でさえも、時々頭をもたげる悪癖。



・「神を見る」とは、イエスが神であることを認識すること。実感として神を感じること。*参照…詩篇24:3-5。

・聖地旅行での体験 信者は既に、神を見る者に加えらえている。そして千年王国では「実際に」主を見る時が来る。
・聖地旅行の何が素晴らしいか?聖地旅行はその(千年王国の)前味である。旅行を通して主が歩まれた世界を体験して主をより身近に感じる、それは千年王国で実際にお会いする時の前味を味わっているようではないか?
・主とお会いする希望が、きよい生活を実践する原動力の一つ。


・神は積極的に争いを生む人を祝しません。
・しかし、何でもかんでも平和だから、といってこの聖句の中に加えてしまうと、この聖句本来の意義がぼやけてしまう。
・「平和」とは、この地上に究極の平和をもたらすイエス・キリストにあって。そして福音のメッセージを携え、キリストを伝える人々こそ、ここでは第一義的に考えるべき。
・そして同時に、そのメッセージを共有する兄姉どうしの平和をつくる者です。このような人を神は幸いと言っておられる。

・八福の「幸い」は神の目線から見た幸い。まさにこの「平和」の第一義的な意味では、政治的な平和と区別して理解すべき。
・キリストを共有する兄姉間で苦い根は持たなくてよい。

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