7月5日 日曜礼拝

7月5日 日曜礼拝(266) 聖餐式

週の初めに皆で集い、礼拝と聖書の言葉でスタートする幸い・・・
聖書が示す唯一の希望の光をあなたに。
※「週の初めの日」とはユダヤ的表現で、私たちから見ると日曜日を指します。
聖書アイコン

■7月の招詞 ~詩篇135:1-3
1 ハレルヤ 【主】の御名をほめたたえよ。
 ほめたたえよ 【主】のしもべたち。
2 【主】の家で仕え わたしたちの神の家の
大庭で仕える者よ。
3 ハレルヤ 【主】はまことにいつくしみ深い。
主の御名にほめ歌を歌え。その御名は実に麗しい。 

■賛美 ~聖歌・総合版より(括弧内は旧番号) 
・44(100)しずかに神と
・504(486)きたれ友よともにイエスの
・171(210)主よながみまえにゆき<聖餐式>
・378(385)さかえあれや

メッセージ:「 偽りのことばへの憤り 」
・聖書箇所 エレミヤ書 6:9-15 ←カーソルを合わせると聖句の一部が確認できます。  
小野寺望 牧師
講解 エレミヤ書

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| はじめに
Ⅰ神の義の表れとさばき心
1.コロナ禍で現れた罪の性質
 ~他人をさばかずにいられない人々「自粛警察」「マスク警察」
(1)某脳科学者は、「他人を攻撃せずにいられない脳の機能である」と説く。
  ①例:「自分がこんなに我慢しているのに」という、ストレスのはけ口。 
(2)聖書はその性質を「罪」とする。
  ①憤る動機が建設的ではない・・・つまり「愛」がない。
  
2.キリスト者が憤りを制御しながら、正しく罪や汚れをさばくために・・・
①世は終末に向け、どんどん聖書的価値観から逸れてゆくだろう。
②語る者が神の視点で(愛を行使しつつ)、正しく罪を憤り、さばくことが求められる。
 *「愛」の定義が問題となる。
③旧約聖書の預言者たち、また主イエスも、正しく神のことばを代弁した。
 *時に行われる激しい言動は、クリスチャンの“いわゆる寛容”(妥協)では説明できない。
 *さばき(義を愛し行使すること)と、愛は正しく行われるなら矛盾しない。
④相応しい心の在り方は、整えられてゆく必要がある。


メッセージのアウトライン
Ⅰエレミヤの憤り(9~11節a)
Ⅱ義なる憤りをぶちまけよ(11b~12節)
Ⅲ最も重大な罪(13~15節)

|ゴール:
Ⅰ神のことば(真の平安)を曲げずに伝える
*このメッセージは、神の義を語る必要と心の在り方について学ぶものである。


聖餐式2
*過越しの祭りのイメージ(イスラエルでは桜に似たアーモンドの花が春の訪れを知らせる)
聖餐式イメージ
*聖餐式のイメージ(実際にはパン種の入らない薄いパン(ヘブル語でマッツァ)を用います。


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