仮庵の祭り(スコット)

仮庵の祭り(スコット)

 先日、16日の日没から仮庵の祭り(スコット)が始まりました。これまで立て続けに新年祭(ローシュ・ハシャナ)、大贖罪日(ヨム・キプール)を紹介しましたが、仮庵の祭りもまたモーセの律法で行うように命じられている祭りのひとつです。

 この祭りは7日間催され、イスラエルの民がエジプトを出て荒野を旅したことを記念するもので、仮小屋(仮庵)を建てて祝います。また収穫を祝いつつ、聖書預言的には、将来、大患難時代を経てキリスト再臨して、地上に成就する「メシアの王国(千年王国)」を予表しています。

 地上に建てられたメシア・キリストが統治する王国は、「神の御手」によって成就します。それは、クリスチャンやユダヤ人たちが、自らが王都に相応しいキリスト教世界を建て上げることではありません。主が再臨するのに相応しい舞台を整え、その背後で神の御手の守りがある、ということではありません。

 イエスはこれから起こるキリスト教世界をどのように評価していたでしょうか?残念ながら人類(たとえ信者を自認する人々であったとしても)にそんな右肩上がりの希望はなく、教会(キリスト教世界)は全体でみれば徐々にパン種(偽りの神学)に染まり、堕落してゆくと、弟子たちに教えていました。
 
 「神の御手」による御国、それはむしろ非常な患難を通して、心砕く羊(信じる者)と頑なな山羊(信じない者)を選り分け、人手によっては救いようのない最悪の状況でキリスト再臨し、神ご自身が「超自然的な御手」をもって地上に実現すると教えている。

 しかし初代教会から時を経て、いつしかそれは「信者の心の平安」という形而上学的概念に置き換えられてしまいました。キリスト教界からユダヤ的思想が排除され、アレキサンドリア学派により持ち込まれたギリシャ哲学を土台にした聖書解釈法の影響を大きく受けました。

 「霊」「肉」の二元論では、リアルな王国よりも心の王国の方がきよい(上位である)と考え、ユダヤ的理想郷は受け入れられなかったのです。オリゲネス、アウグスチヌスを経て立て上げらえてゆくこの神学体系は、今日のローマ・カトリックに引き継がれます。

■聖書を字義通りに(ユダヤ的に)読む
 旧約聖書のユダヤ人たちの希望と、それに対する神の約束を見る限り、「御国」とは地上に建つリアルな理想郷であり、それは主によってのみ成し得る。大患難を経てユダヤ人たちの間に大リバイバルが起こるとき・・・未だに残されている神の約束は成就します。
 祭りを祝うユダヤ人たちの心に、聖霊が豊かに語りかけてくださり、既に来られたメシアであるイエスを主として受け入れるユダヤ人たちが多く起こされるように祈ります。それこそ未来の前味であり、教会携挙後の大患難に向けての布石であると信じて。
エルサレム・メノラー
来るべき日のために、エルサレムに用意されている七枝の燭台(メノラー)
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