メッセージを味わう~「黙示録」を理解するために②

礼拝メッセージ〈ヨハネの黙示録〉を味わうために②

シリーズメッセージ黙示録

 さて、私どもは聖書を読む際に「字義通りに」という解釈方法を重んじます。決して現代の私たちに引き寄せて理解したり、不必要な比ゆや象徴を加えたりせずに、聖書に記される人々が神の啓示を受け取った際にどう理解したか、という部分を重んじます。不必要な比喩や象徴の添加は、聖書全体の流れに歪みを生じさせ、歪んだために理解できなくなった部分を、さらに比ゆで補い、無理矢理一連の流れにつなげようとするために、結論は大きく逸れてしまうのです。

 今、シリーズメッセージで皆さんと学んでいる新約聖書「黙示録」は、この解釈方法の影響を最も受ける部分であり、どの立場を取るかで理解や評価が変わってしまいます。最近はYouTubeで異なった立場の講義動画も散見いたしますので、予め以下2点の共通認識を持っておく必要があります。①何を大切にし②その結果導かれる黙示録の結論。

今日は黙示録の結論について3つの立場をご紹介し、最後に4つ目で私どもの立場を確認しましょう。 
- 以下、「月間ハーベスト・タイム 2016年10月号」参照

立場① 歴史的アプローチ
・ 黙示録は「紀元1世紀からメシアの再臨に至るまでの教会史の預言的パノラマ」と主張する。
・ この解釈は紀元4世紀に誕生。
・ 当時、教会が置かれていた状況と黙示録の内容に相関関係があると見た。
・ 16世紀の教会改革者たちもこの立場を支持した。
・ 黙示録に登場する神に敵対する者「反キリスト」は、ローマカトリックを指し示すと決めつけた。
・ 今日でも、宗教改革者たちを特に崇敬する教派は、このアプローチを支持する。
・ 将来的な大患難時代は認めない。
・ 弱点:旧新約聖書の預言は将来起こることであり、黙示録はそれらの時系列順を示しているが、この立場では終末の出来事の一連の流れ(反キリストの登場、大患難時代再臨、千年王国、白き御座の裁き)を見出すことはできない。

立場② 比ゆ的アプローチ
・ アレキサンドリア神学によって提唱された。
・ 解釈においてギリシャ哲学の影響を大いに受けつつ、多くの人々に浸透していった。
・ 霊(善)、物(悪)の二元論を、聖書解釈の根底に据える。
・ 教父アウグスチヌスは、この神学の影響を受けて、それまで無かった「無千年王国説」を提唱。
・ 黙示録を、「神と悪魔、善と悪の戦いを象徴的に描写したもの」と理解する。
・ ローマカトリックはこの立場で黙示録を理解する。
・ 弱点は:黙示録にある「42か月」「1260日」という具体的な数字について意味を見出すことができない。

立場③ 預言成就的アプローチ
・ 紀元70年に将軍ティトゥスとローマ軍がエルサレムを滅ぼした際に、すべて預言は成就したと理解する。
・ 黙示録は「イエスの復活からエルサレム崩壊」までを描いた記事であると理解する。
・ 弱点:黙示録の内容は「預言である」(黙1:3、22:7)という自己証言に矛盾する。
・ いくら紀元70年に多くの死者が出たとしても、黙9章「人類の1/3が殺される」などの記事とはスケールが違いすぎる。

立場④ 未来的アプローチ
・ 黙示録の多くの記事は再臨の前に起こる終末時代の出来事である。
・ 黙示録自身が示すアウトライン(①教会時代②大患難時代再臨、千年王国、新天新地)で自然に理解できる。
・ 字義通りの解釈を心掛ける時に、帰結するアプローチである。
・ 聖書預言が連なった黙示録の一連の記事を理解する唯一の方法である。
・ 使徒たち、初代教会の立場はこのアプローチである。※
※ 「宗教改革時に劣勢のローマカトリックを守ろうとしたイエズス会がこの立場④を流布し、プロテストタント陣営が冒された?」という立場①からの反論を最近目にした。その真偽はともかくとして、イエスの教えを直に受けた使徒たちが未来的アプローチである以上、この反論は意味を成さないのではないだろうか。

イズレエルの谷
■ナザレより南へ・・・イズレエルの谷を望む。
関連記事
希望の光バプテスト教会
Posted by希望の光バプテスト教会

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply