3月20日 日曜礼拝

3月20日 日曜礼拝(46)
天候:晴れ

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号) 
・56(112)主なる神を
・399(399)カルバリ山の十字架
・377(384)すべてのめぐみの

■メッセージ:福音のことば② イエスの死と葬り(マタイ27:45-61)
①ローマ法における恩赦(恵み) 
②メシアである証明
③復活の証明



■キリストの十字架までの一週間
(日)
・メシアとしてエルサレム入城
(月)
・いちじくの木の呪い、宮きよめ
(火)
・枯れたいちじく、二人の子のたとえなど
(水)
・ユダの裏切り
(木)
・ユダヤの暦では日没で金曜)
・弟子への洗足とユダへの促し
・過越しの食事、主の晩餐
・ゲッセマネの園の祈り
・ユダの手引きとイエスの逮捕
・アンナス・カヤパの審問、ペテロの否み

(金)
・議会の招集、ユダの自殺
・ピラトとヘロデの審問
・ローマ兵イエスをあざける
・ゴルゴダへの十字架の道
・十字架上の3時間(9時から12時)
・十字架上の最後の3時間(12時から3時)

①ローマ法における恩赦(恵み)
◆完全に息絶えたことの証明
・ローマ法では十字架にかけられた罪人は通常は放置され、その死体は、空の鳥か野の獣に喰われてしまう。
・十字架刑は見せしめの刑であり、かろうじて水や苦みを混ぜたぶどう酒(鎮痛剤)だけ与えられて何日も放置される。何日も激痛と渇きを味わい続ける。
・痛みのあまり罪人は時に何日も大声で罵倒し続けることがある。煩さのあまり実際にそのような罪人の舌を抜いたという記録もあるようです。
・しかし、キリストの場合はそうではなかった。

・イエスは完全に死んだ。まず父との断絶(霊的な死)の状態を通過してくださり完全に肉体的に死んだ。
その証明は・・・
a すねが折られなかった。§ヨハネ19:33
b 槍で刺すと水と血が噴き出した。§ヨハネ19:34
§詩篇34:20”主は、彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、砕かれることはない”

・イエスは完全に死んだ。まず父との断絶(霊的な死)の状態を通過し、父と和解した後で(イエスの父への呼びかけの変化に注目)、その後肉体的に死なれた。

◆アリマタヤのヨセフがイエスの死体の取り下げを願い出た。その要求を受ける必然性はなくあくまでローマの恩赦(恵み)である。しかし、神の目から見ればそれは必然であった。

・アリマタヤのヨセフと、かつてイエスから密かに教えを受けた(ヨハネ4章)ニコデモは、急いで埋葬の準備に取り掛かる。安息日が始まる日没が迫っていたからである。


②メシアである証明
◆メシア預言の成就である。
§イザヤ53:9”彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。”

◆死さえも自らの意志である。
・それは自身の死期までも厳格に定めた選び。そこから、イエスにとっての十字架刑は、この世の権威や特定の誰かに殺されたことを意味するのではない。イエスは死さえもご自身の権威によって選び取る。§ヨハネ10:18
・私たちは厳密には、数分先の事ですら100%確実に言い当て、導くことはできない。
・ふつうの人々も将来の進路を”選ぶ”が、イエスの権威は、当然それ以上の意味合いを含む。
 
§ヨハネ18:32”これは、ご自分がどのような死に方をされるのかを示して話されたイエスのことばが成就するためであった。”
§ヨハネ12:32-33”わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」イエスは自分がどのような死に方で死ぬかを示して、このことを言われたのである。

§ヘブル7:27 ”ほかの大祭司たちとは違い、キリストには、まず自分の罪のために、その次に、民の罪のために毎日いけにえをささげる必要はありません。というのは、キリストは自分自身をささげ、ただ一度でこのことを成し遂げられたからです。”

◆神学上の意味
§ローマ6:4”私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

§コロサイ1:22 ”今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。”

§1ペテロ 3:18 ”キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。”

③復活の証明
◆復活するためには完全に死ななければならない。
§ローマ4:25 ”主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。”
・イエスの復活を否定する仮説の一つに、イエスは完全に死んだのではなく、“仮死状態であった”というものがある。しかしローマ兵の対応と、その結果墓に葬られたということを考えるとき、この愚かな仮説はただちに却下される。

2016年イースター
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Posted by希望の光バプテスト教会

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