12月27日 日曜礼拝

12月27日 日曜礼拝(34)
天候:晴れ

■賛美 
聖歌626(旧588)主とともにあゆむ
627(589)めぐみの高きね

■メッセージ:みことばへの信頼~一年を振り返り(詩篇119:89-96)
①堅く据えられている
②喜びである
③無限の広さを持つ




◆ 詩篇119篇について
・ ヘブル語アルファベット(22文字)が、8節ずつ頭文字に用いられる。全167節で構成される。アレフベート詩篇と呼ばれる。
・ ちなみにアレフ、ベイト、ギメル、ダレット、ヘー、ヴァウ、ザイン、ヘッド、テッド、ヨッドと来て、89節はラメッド(英語のLに当たる)で始まる。
・ 主題である神のことばについて、みおしえ、さとし、戒め、おきて、仰せ、さばき、ことば、道などの単語を約10種類の原語を用いて、多様に表現される。

◆ なぜ聖書に信頼を置き続けることができるか?
・ 信仰(の定義)は目に見えないものへの確信。(ヘブル11:1)
・ クリスチャンの信仰は、根拠の無いものに対する盲信ではない。
・ 永遠に定まっている(不変である)神のことばに信頼を置く。参照 1ペテロ1:24-25
・ 神のことばの真実性は被造の世界において証明されている。つまり被造物は営みを通して、神のことばの確かさを教えている。
・ 秩序正しい天体の運行や、それに伴う気象の変化は、神がつくり保持しておられる諸法則による。自然界もまた、神のしもべといえる。
・ 天体の動きと神の契約の関係(参照 エレミヤ33:19-22)

▼ その他の聖句
詩篇 89:33-35"しかし、わたしは恵みを彼からもぎ取らず、わたしの真実を偽らない。わたしは、わたしの契約を破らない。くちびるから出たことを、わたしは変えない。わたしは、かつて、わが聖によって誓った。わたしは決してダビデに偽りを言わない。

◆(例話)海の道しるべは決して揺るがない
 見晴らしの良い場所に灯台を建てようとするとき、問題は土台をどこに据えるか。高層の灯台が強い海風、大嵐の中にあっても揺らぐことがないようにするには、堅固な土台が必要である。少しでも灯台がぶれるなら、そこから発せられる光の角度はぶれ、夜間航行する船にとっては座礁など危険な状況になり得る。聖書という灯台は、天において堅く据えられている。
 
・ 人生で出会う苦難や試練に対して、真の導きを与えるのは堅く据えられたみことばであり、それが分かるとみことばを学ぶ時間は私にとって喜びとなる。
・ 導きとは、試練の解決法、対する心構え、試練の意味などを指す。
・ 私のような者を教え、問題の淵から引き揚げ、取り扱ってくださったという感動を119篇の作者自身は描き、みことばを喜ぶ。
・ 苦難の意味を知ることは、人生の本当の意味を知ることに通じる。

・ 神と一度和解したクリスチャンは、いかなることがあろうと神から引き離されることはない。
・ 神は困難を通してクリスチャンを鍛錬し、完成に近づける。
・ その度合いに間違いはなく、脱出の道を用意してくださっている。

▼ その他の聖句
詩篇19:10"それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜂蜜の巣のしたたりよりも甘い"

同119:103"あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘い…"

・ 地上にあるものは、それがいかに素晴らしいものであっても、必ず滅びる。素晴らしくともそれは永遠ではない。何に信頼を置くべきか?神のことばは無限の広さを持ち、知れば知るほど素晴らしさが増してくる。

・ 131:1は決してみことばを探究する歩みの諦めではない。私たちが取り扱うみことばの大きさに比べて私たちの小ささを認めつつ「私はまだまだ知らない」というみことばへの謙遜を意味する。むしろみことばを愛するものは、ますます喜びをもって探究する。

詩篇 131:1"主よ。私の心は誇らず、私の目は高ぶりません。及びもつかない大きなことや、奇しいことに、私は深入りしません。"

・ クリスチャン生活には妨害もある。例えばある聖会に参加して恵まれても一歩外に出た瞬間に現実の戦いがあり、恵みと虚しさを繰り返すような場合がある。

・ クリスチャン生活とは、既に実現した救い(義認)と、今完成しつつある救い(聖化)の狭間にある歩み。クリスチャンはいつも神の助けが必要である。みことばを愛し実践する者でありたい。(参照 ヨハネ8:12など)
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