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2016.01.31 Sun

1月31日 日曜礼拝

1月31日 日曜礼拝(39)
天候:晴れ

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号) 
・35(93)ふし拝め国たみよ
・466(454)まどいの雲きえて
・378(385)さかえあれや

■メッセージ:アモス書講解~エドム・アモン・モアブのさばき(アモス書1:11-2:3)
①エドムへのさばき
②アモンへのさばき
③モアブへのさばき

■まとめ 神から受けた恵みの大きさと応答の原則



◆ さばきの記事のアウトライン
・内容はアモスを通して語られる周辺諸国に対するさばきの預言。
・それらは繰り返しの詩であり(ユダヤ的文学表現)、同時に段階を経て重みが増している。
・さばきの理由は神の民イスラエルに対して取った行動と神への不従順。
・記事の順番は最初に北イスラエルとは関わりの薄い三国。次いで北イスラエルと親戚関係にある三国。そして兄弟関係にある南ユダと、北イスラエル。
・さばきは等しく下る。しかしその立場によって重さの違いはある。


①エドムへのさばき
・エドムはヤコブの兄エサウの子孫。イシュマエル(彼はアラブ人たちの子孫)や、ヤコブの兄エサウ(彼はエドム人の子孫)は、イスラエルとは親戚関係にある民族。
・アブラハム、イサク、ヤコブの族長三代と親戚ということは、選民ではないがアブラハム契約の恵みに部分的に与る者たちである。
・しかし彼らはイスラエルに対して敵意を持っていた。バビロン捕囚の時もバビロンに加担した行為に現れている。継続した執拗な敵意。
・預言者アモスはエドム人へのさばきを、自身よりも以前に活躍していただろう預言者オバデヤの言葉より引用している。
・彼らは奴隷としてイスラエルの人々を過酷に取り扱ってきた。その奴隷市場として機能したガザ(ペリシテ)とツロ(フェニキヤ)のさばきは前回のメッセージ参照。

*預言者オバデヤの年代に関してはいくつかの説がありますが、私は小預言書の初期という立場で解説しています。

▼ ペトラの歴史について
・アマツヤの時には塩の谷でエドムの軍隊を破り、ヨクエテルと改名(2列14:7)。BC312にはナバテヤ人によってエドム人は追放される。3世紀には一度完全に廃墟となるが、1812年に探検家ジョン・ルイスにより再発見される。

・千年王国でもそこは破壊されつつも残る。自然界が回復される時でさえ、バビロンとならびエドムは煙がくすぶる。*参照・・・イザ63:1、ゼカ14:4、エゼ25:12-14、イザ34:9-10、エレ49:19-20

②アモンへのさばき
・アブラハムの甥ロトの子孫(創世19:38)。
・ソドムの町に住んでいた。神のさばきがソドムに下った際、家族一同は御使い(顕現された主とも理解できる)に手を引かれて逃げた。妻は御使いの忠告を破って振り返ったため塩の柱になってしまう。
・逃げ延びた二人の娘は将来を悲観して、父を酔わせて行為に及び子孫を残した(罪のウェイトは近親ということよりも、むしろその方法にある。近親婚が禁止されるのはモーセの律法から)。その結果生まれた民族がアモンとモアブ。

・アモンの罪はギルアデの妊婦への蛮行(妊婦を割いて母子両方を殺す)。ギルアデには北イスラエルの民が住んでいた。目的は領土の拡大。
・アモンの首都ラバ(現在のヨルダンの首都アンマン)は戦いの最中で大火災に見舞われ、壊滅状態になった。
・その上、王や首長たちは捕囚としてアッシリヤによって連行され、回復の望みがないような滅びに至る。

③モアブへのさばき
・ロトの子孫で、アモンと同じく汚れた方法で生まれた。
・彼らのさばきの理由はエドムの王の骨を更に焼いて灰にし、遺体を冒涜したこと。
・彼らの残忍さを表す記事・・・自分の息子を生けにえとしてささげた(2列3:26-27)。
・ケリヨテはモアブの首都。モアブ人が国をあげて礼拝する偶像ケモシュ(1列11:7・33)の聖所があった。
・さばきつかさたちは殺され、これまでの諸国と同様に回復の希望がない。

■まとめ 神から受けた恵みの大きさと応答の原則
ルカ 12:48”すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます”。恵み・祝福と応答は表裏一体である。

詩篇105:8-15”主は、ご自分の契約をとこしえに覚えておられる。お命じになったみことばは千代にも及ぶ。その契約はアブラハムと結んだもの、イサクへの誓い。主はヤコブのためにそれをおきてとして立て、イスラエルに対する永遠の契約とされた。そのとき主は仰せられた。「わたしはあなたがたの相続地としてあなたに、カナンの地を与える。
 
そのころ彼らの数は少なかった。まことにわずかで、そのうえそこでは、寄留の他国人であった。彼らは、国から国へ、一つの王国から他の民へと渡り歩いた。しかし主は、だれにも彼らをしいたげさせず、かえって、彼らのために王たちを責められた。「わたしの油そそがれた者たちに触れるな。わたしの預言者たちに危害を加えるな。”

・ユダヤ人が選ばれた理由は、彼らは取るに足らない少数民族であること。
・多くの祝福ゆえに、多くのものを望まれる。これがイスラエルの民に対するひと際厳しいさばきの理由。

▼ 残忍さと忠実さについての考察
・アモンの残虐さは、他の個所で子をささげるという行動で示される。
・信仰の父アブラハムはモリヤの山でひとり子イサクを奉げたことで、信仰の完成と見なされた。この両者の違いは?

・「恵み」、その点では新約の信者も同じ(1コリ1:27-28)。
・あなたはキリストを信じましたか?ならば新約という契約関係の中に既にいます。みことばから理解を深めましょう。
・受けた恵みに感謝し十分に応答しているでしょうか?礼拝、奉仕、献金、交わり、祈り・・・吟味しましょう。
・自ら誇ることば何もない。誇るならば主に在って誇る。
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2016.01.27 Wed

ホロコースト犠牲者を想起する国際デー(1/27)

1月27日とホロコースト

イスラエル大使館のフェイスブックで知りましたが、今日はホロコースト犠牲者を覚える日とのこと。そして今年はえアウシュビッツ強制収容所が解放され、70周年を迎えるようです。国連総会が「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」を制定して10周年にあたります。
1月27日にアウシュビッツがソ連によって解放されたことが由来。

ちょうど先日、YouTubeに「聖地旅行【4】」の動画をアップいたしました(ぜひご覧ください(*^_^*))。4日目のコースにはクムランを含みますが、1948年にイスラエルが建国されるかどうかというやり取りの舞台裏で、クムランにて死海写本が発見されたのでした。歴史的にある場合は偏見ゆえに憎まれ、また無視されてきた(その加害者としてキリスト教会も含まれるのですが)彼らの存在に今一度光が当たることになります。

その変化の一つはクリスチャンの中に従来の教会の運営に疑問を持つ者たちが現れたことです。ユダヤ人を否定したり、無視するような聖書の読み方は曲解であり、神様が与えた彼らへの祝福(アブラハム契約)は今も有効である。そのように考えるクリスチャンたちが歩み寄ることで、ユダヤ人がクリスチャン(メシアニックジュー)になることについて新しい考え方が生まれました。

それまでユダヤ人たちの心は十字軍やホロコーストによって凍り付き、「教会」「イエス」「十字架」という単語に強い拒否反応を持ってしまった。クリスチャンになることは「ユダヤ性」を捨てることであり、「改宗」はユダヤ人でなくなることであると理解され頑なに拒んできたのです。

しかし実はそうではなく、ユダヤ性を持ったままでキリストを信じていい。これまでの「改宗」の誤ったイメージではなく、イエス自身や弟子たちがユダヤ人であったように、ユダヤ人としてありのままで信じてよい。それこそユダヤ人として自然な姿なのだという新しい考えが互いの間に生まれました。

人道的にアウシュビッツのような悲劇を繰り返してはならないのは当然ですが、それ以上にクリスチャンとしては教会史における悲しみと、しかし同時にイスラエルを取り巻く霊的状況が変わりつつあることへの期待も覚えます。異邦人教会の牧師たちが彼らの痛みを共感し、なおみこころの理解と慈悲の心を与えられ、みことばの理解を忠実に求める信者たちに伝えてゆくことができますように・・・
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2016.01.26 Tue

聖地旅行の動画アップしました!

聖地旅行の動画アップしました!

今回は、エルサレムを出発してヨルダン川、そして南へ向かいエン・フェシュカ、クムラン。午後はガリラヤ方面に北上してベテ・シャン見学の旅です。この日泊まったガリラヤ湖畔の街テベリヤのホテルも素敵な感じでしたが、その紹介はまた別の機会に・・・。



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2016.01.24 Sun

1月24日 日曜礼拝

1月24日 日曜礼拝(38)
天候:晴れ

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号) 
・35(93)ふし拝め国たみよ
・611(581)したいまつる主の
・378(385)さかえあれや

■メッセージ:アモス書講解~ダマスコ・ガザ・ツロのさばき(アモス書1:3-10)
①ダマスコ(アラブ)へのさばき
②ガザ(ペリシテ)へのさばき
③ツロ(フェニキア)へのさばき
■まとめ 主は契約を重んじる。



◆ さばきの記事のアウトライン
・内容はアモスを通して語られる周辺諸国に対するさばきの預言。
・それらは繰り返しの詩であり(ユダヤ的文学表現)、同時に段階を経て重みが増している。
・さばきの理由は神の民イスラエルに対して取った行動と神への不従順。
・記事の順番は最初に北イスラエルとは関わりの薄い三国。次いで北イスラエルと親戚関係にある三国。そして兄弟関係にある南ユダと、北イスラエル。
・さばきは等しく下る。しかしその立場によって重さの違いはある。

①ダマスコ(アラム)へのさばき
・アラムの首都ダマスコの罪は、イスラエルを攻撃して苦しめたこと。
・「三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のため」という表現は、罪が満ちるさまが表現されている。「三つのそむき」で「不義の杯」が満たされ、「四つのそむき」で完全に溢れる。神は忍耐の末、満ち溢れる罪のためにさばきを下す。

・異邦人諸国はイスラエルに対して行った罪のためにさばかれ、イスラエルはモーセの律法に対する違反ゆえにさばかれる。
・そむきの罪(へ:ペシャ)の元の意味は反逆。
・「打穀機で踏みにじる」とはギルアデの人々への残虐行為。ギルアデには当時、多くのイスラエル人が住んでいた。ダマスコによるイスラエル攻撃の記事(2列王10:32-33、13:3-7)。
・「ベン・ハダデの宮殿」(参照エレ49:27)、「ハザエルの家」の二人はイスラエルを苦しめた王。さばきは2列王16:9で成就し、アッシリヤがダマスコを攻め滅ぼす(2列王記 16:9)。
・アベン(悪)の谷、ベテ・アベン(歓喜の家)はアラム地域の一つ。

【さばきについての原則】
・主はご自身の民をさばくために、異邦の民を「さばきの器」として用いることがある。しかしその用いられた異邦人がさばきを免れるのではない。

②ガザ(ペリシテ)へのさばき
・ペリシテはユダヤ人をエドムに売り渡した。エドム人のさばきについてはオバデヤ書参照。彼らは国際的な奴隷市場を持っていた。
・ガザ以外にもアシュドテ、アシュケロンなどの都市国家は消滅。ペリシテの五大都市の一つガテは既に滅んでいる。*参照 2歴代 26:6

③ツロ(フェニキア)へのさばき
・ツロは地中海の重要な港の一つで、交易の中心地。ガザ同様に、奴隷市場の中心地で、多くのユダヤ人をエドム人に引き渡していた。*参照 エゼ 27:13
・彼らへさばきはガザに比べ重い。彼らはイスラエルとの間に兄弟の契りがあった。彼らは単に残虐であっただけでなく、契りを交わしたにもかかわらず裏切った。*参照 2サム 5:11、1列王 5:1

■まとめ
◆ 主は契約を重んじる
エレ12:14”主はこう仰せられる。わたしが、わたしの民イスラエルに継がせた相続地を侵す悪い隣国の民について。見よ、わたしは彼らをその土地から引き抜き、ユダの家も彼らの中から引き抜く” 

・神とイスラエルの契約は変わらない。それゆえにイスラエルの祝福と彼らが主を受け入れることを願わなくてはいけない。
・クリスチャンになるということは、神との契約に与るということ。自分が神との和解のために必要なすべてのことを、キリストが成してくださったと受け入れること。私自身は、その契約に忠実に歩んでいるだろうか?

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2016.01.24 Sun

異邦人諸国への祈り〈 カザフスタン共和国 〉

異邦人諸国への祈り《 4 》

 迫害が厳しい国々の状況を毎週ひとつずつ「クリスチャン迫害国 ワースト50」より紹介します。イスラエルに加えて、すべての人のために、すべての聖徒のために祈りましょう。
 参照・・・1テモテ2:1、エペソ6:18、ヘブル13:3


◆カザフスタン共和国(首都:アスタナ)

◆人口:1670万人(クリスチャン250万人)/主宗教:イスラム教

◆政治体制:共和国/迫害の主体:独裁政府、組織的腐敗

・トルコ系とモンゴル系の放牧民が起源のカザフ民族による国。18世紀以降はロシアに支配され、1991年ソ連解体時に独立を達成。

・近年サウジ、イラン、トルコなどの巨額の投資により派遣されたイスラム教宣教師の働きによってイスラム教改宗者が増加。
・なお、2011年9月に、公認団体以外の宗教活動が禁止(イスラム化への懸念より)。手続きはきわめて煩雑で、小規模なプロテスタント諸教会が公認を受けることは難しい。

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2016.01.18 Mon

1月17日 日曜礼拝

1月17日 日曜礼拝(37)
天候:曇り

■賛美(聖歌より。括弧内は旧番号) 
・35(93)ふし拝め国たみよ
・629(591)おそれなく近よれ
・378(385)さかえあれや

■メッセージ:アモス書講解~イントロ(アモス書1:1-2)
①預言者の召命(アモスの始動)
②物質的祝福(南北時代の繁栄)
③自然災害のさばき(カルメル山を含む飢きん)

◆まとめ:
・神の召命の重さを確認する。
・物質自体でなく必要を満たすお方を見る。
・物的祝福の実感と賛美の理由。



◆預言者アモスのプロフィール
・アモスの名の意味は「重荷を負う者」。物的祝福の中で霊的に堕落しつつある人々への重荷を抱いた歩み。

・家族については不明。ベツレヘム南東にあるユダの町テコア(テコアの荒野とも呼ばれる)に住む牧者。

・職業的預言者ではない。エリヤやエリシャによって預言者たちの学校が作られた(現在のワジ・ケルト周辺)が、そのような養成機関で訓練をうけたのではない。つまり主からの啓示(幻を見せられた)のみで奉仕に出て行った。

・南ユダの王ウジヤの時代(BC792~740在位)、北イスラエルの王ヤロブアム2世(BC793~753在位)の時代。活動期間はBC760~750頃。物質的には大いに繁栄した一方で偶像礼拝が蔓延した時代。

・幻を見た時期は地震(ゼカリヤ14:5)が起こる2年前。人々の記憶に残る大地震であったために説明の必要がなかったと思われる。終末について多く語った預言者ゼカリヤは患難時代の大地震を、ウジヤ王の時代の地震に例えている。

・南王国の出身であったが、北王国にメッセージを語る預言者。1節は先に活躍してた預言者ヨエルの言葉(ヨエル3:16)の引用。主はヨエルを通して「異邦人に対して」叫ばれたが、後の時代にはアモスを通して「北王国に対して」叫んでおられる。

・先にあげた二つの特徴(教育を受けない、生まれた地域を離れる)は、奉仕における普遍的原則ではない。

◆時代背景と物的祝福
・南王国のウジヤ王も、北王国のヤロブアム2世も有能な王であり、物質的に恵まれていた。

・繁栄の理由は三大交易路を支配し、大きな収入を得ていた。南北分裂から160~170年が経とうとしていた。特に北王国はアッシリヤの衰退から領土を回復(レボ・ハマテからアラバの海(死海)まで Ⅱ列14:25)エジプト―イズレエルの谷-ダマスコの幹線道路上に関所を設け、関税より収入。

・当時の領土は南北合わせるとダビデ・ソロモン時代に匹敵するくらいの大きさを有していた。富、繁栄といった目に見える祝福を受けていた一方で、道徳的にも腐敗し、偶像礼拝が神民の心と神政国家をむしばんでいった時代。

・アモスは北王国のベテル(ダンとともに金の子牛が祭られていた)で主のことばを語った。内容は偶像礼拝の罪を犯していること、それに対して正当なさばきが来ること、神は世の秩序が整えられることを願っていること。

◆激しい飢きんの襲来
・羊飼いの牧場はかわき、カルメルの頂は枯れる。カルメルはイスラエルでもっとも雨の恵みに与れる場所。そこでさえ主の赦しがなければいただくことができない。当然それ以外の場所はどうかは言うまでもない。大から小への展開(ユダヤ的論法 カルヴァ・ホメル)。
・因みに「カルメル」はカレム・エル、つまり「神のぶどう」の意。参考:バプテスマのヨハネの故郷エン・カレムは「ぶどう畑の泉」の意。

・それゆえに主のさばきの恐ろしさが強調される。預言者エリヤの時代に3年の飢きんがやってくる時でさえカルメルにはまだ水があった。そのカルメルが渇いてしまう。立地条件が整っているから、気象の法則にしたがい、雨が降るのが当たり前ではない。主が顔を背けたならば、決して生きていけないということを特に教えられる地・・・それがイスラエルである。

まとめ
◆神の召命の重さを確認する。
・使徒7:42-43(アモス5:25-27より)ステパノが頑ななユダヤ人たちを糾弾するために。
・使徒15:16-17(アモス9:11-12より)エルサレム会議にて、教会のリーダーを務める主の兄弟ヤコブが異邦人の救いを擁護するために。
・アモスは主の啓示によって自らのいた南王国ではなく、北王国に召されてそれに従った。

◆物質自体でなく必要を満たすお方を見る。
・目に見える物質的な豊かさではなく人々の霊的破産の状態を、表面的な現象ではなくその底辺にある本質を、アモスは見抜いていた。*参照・・・箴言23:4-5、ルカ12:15、1テモテ6:9、マタイ6:33

◆物的祝福の実感と賛美の理由。
・「私はツイている、ツイていない」といったような目に見える良い事があるから、またはそれらを実感できるから、神を賛美するのではない。そのような実感がなくても、私たちはすでに多くの恵みをいただいており、今この瞬間も守られている。それを知り、謙遜に受け止めるならば、実感はついてくる。どこに照準を合わせるか?神は働いてくださっているということを何によって知るか?それは神のみことばに他ならない。

主イエスは言われた「神の国とその義をまず第一に求めよ」。
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2016.01.17 Sun

異邦人諸国への祈り〈 トルコ共和国 〉

異邦人諸国への祈り《 3 》

 迫害が厳しい国々の状況を毎週ひとつずつ「クリスチャン迫害国 ワースト50」より紹介します。イスラエルに加えて、すべての人のために、すべての聖徒のために祈りましょう。
 参照・・・1テモテ2:1、エペソ6:18、ヘブル13:3


◆トルコ共和国(首都:アンカラ)

◆人口:7660万人(クリスチャン18.5万人)/主宗教:イスラム教

◆政治体制:議会制民主主義/迫害の主体:イスラム過激派、国粋主義者
 トルコは、初代教会の時代には多くの教会が誕生したキリスト教宣教の中心地。1299年にオスマン帝国が支配するようになってイスラム化が進み、イスラムの守護者を自任するに至る。憲法で宗教の自由は保障されるが、改宗者への迫害、教職者育成や宗教教育の禁止、公の礼拝所が持てないなど実際はかなりの規制が存在。敵視する世論にさらされている。


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2016.01.15 Fri

映画『サウルの息子』公開目前

映画『サウルの息子』1/23公開
カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品

 かつて多くのユダヤ人たちの命が奪われたアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所。そこで自らユダヤ人でありながら、同胞をガス室へ送る役目をゾンダーコマンダーとして負ったサウル。彼らは他の囚人と区別して扱われ、数か月の任務が終わり次第抹殺される運命。せめて同胞の死体をユダヤ式に正しく葬りたいと願うも、祈りすら許されない環境での彼の歩みを描く。

◆映画『サウルの息子』公式サイトhttp://www.finefilms.co.jp/saul/
サウルの息子


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2016.01.15 Fri

イスラム教のシーア派・スンニ派

イスラム教シーア派・スンニ派の違いについて

◆イスラエルと周辺諸国への祈り

 私どもは、毎週の礼拝の中で毎回違ったイスラエルの祈りの課題を覚えます。それは聖書自身が命じているからです。先日はイスラエルにとって脅威の一つである「イランと、ロシアが接近しようとしている」という課題を共有しました。その矢先、皆さまもご存じかと思いますが、イスラム教シーア派最大勢力であるイランと、大多数を占めるスンニ派のサウジアラビアをはじめとする数か国が国交を断つという出来事が起こりました。イランと大国との接近も注視すべきことですが、反対にこのような過激な出来事はいたずらに中東のパワーバランスを崩し、事態を複雑化しかねないと、心配しております。

◆聖書を土台とする中東理解
 私は中東の現状理解のためには、ユダヤ教・キリスト教、そしてイスラム教のそれぞれの立場を理解するべきであると確信しています。しかし、学びを始める際に何か一本核とものを据えて着手しなければ、何が本質なのか混沌としてしまいます。そこで私はそれぞれの立場の共通認識である聖書を軸として、そこからそれぞれの立場を理解することをお勧めしています。中東で繰り返される紛争や宗教間の争いに失望を覚える人々に対して、牧師として「キリスト教」を中東の文脈で説明する際、まず語り手がそれぞれを総括的に理解した上で、「だから聖書を学ぶ必要があり、そこに真理と希望がある!」をお勧めする必要があります。同時にクリスチャン自身にとっては、今現在が聖書の中で神が示すタイムテーブルのどの位置に当たるのかを理解し、終末に目線を合わせ、今の歩みに希望を見出す助けとなります。

◆さらなる理解へ~イランとサウジの騒動を通して
 此度の騒動について、マスコミでは「原油価格の下落」との関わりが報じられています。一つの現象の始まりを理解する際、私たちは「きっかけ」と「本質的な原因」を混同してはなりません。そして両者を誤りなく理解するには、彼らの「心」つまり信仰的立場について触れない訳にはいきません。「私はクリスチャンだからどうでもいい」という理解ではなく、知的にも成長させていただきながら、「どうしたら福音を理解してもらえるか」と祈り模索しつつ、また日本の宣教のために役立てるべきでしょう。

さて、そこで「シーア派」「スンニ派」というキーワードについて、ヤフーニュースにて興味深い解説がありました。賛同するかどうかはさておき、祭りに参加した記者自身の体験として参考までにご紹介いたします。
~ 以下引用 ~ 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160110-00000002-withnews-int&p=1「イスラム教シーア派とスンニ派、何が違う? 実は、同じ宗派で争いも サウジとイラン、原因はイスラエル?」withnews 1月11日(月)10時0分配信


 「イスラム教スンニ派とシーア派の宗派対立が原因です」。中東のニュースでよく聞く言葉だ。スンニ派のサウジアラビアと、シーア派のイランの対立の原因としてあげられることも多い。ところが、過激派組織「イスラム国」(IS)とアラブ諸国はスンニ派同士で戦っている。サウジがイエメンで支えたとされる元大統領はイランと同じシーア派に近い。各地の紛争は本当に宗派対立が原因なのか? シーア派を国教とする世界で唯一の国・イランの「アシュラ」という行事を通じて考えてみる。(朝日新聞テヘラン支局長・神田大介)

イスラム教の少数派
 米国の調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、現在、イスラム教徒は世界に約16億人。その9割がスンニ派で、残りの1割ほどがシーア派とされる。ほとんどの国でシーア派は少数派だ。一部の地域に固まって住んでいることが多い。例外がイランで、7800万人を数える国民の9割以上がシーア派とされる。ほかにアゼルバイジャン、イラク、バーレーンでも過半数を占めている。

 とは言え、コーランを聖典とすることや、聖地メッカへの巡礼、年1回の断食月(ラマダン)など、ほとんどの決まりは両派で同じ。主な違いは、お祈りの回数(1日あたりスンニ派5回、シーア派3回)、シーア派は宗教指導者の墓参りをする(スンニ派にはない習慣)、シーア派は偶像崇拝に寛容(スンニ派の禁じる宗教指導者の肖像画などがある)など。

 だが、私が思うに、最大の違いは「アシュラをやるか、やらないか」だ。アシュラは年に1回行われる、シーア派最大の宗教行事。どんなに小さな村でも必ずやる。そんな中でも、イラン人が「アシュラの本場」「盛り上がりが違う」と口をそろえる地域がある。ヤズドという州で、ちょうどイランの真ん中あたりだ。今年のアシュラがあった10月24日、実際に訪ねてきた。

アシュラの1日
 紅茶やお菓子を配る屋台が立つ。公園の噴水が、真っ赤に色付けられる。おみこし(ナフルと呼ぶ)が出番を待つ。アシュラの日は、朝から空気がそわそわしている。駐車場や空き地では、風呂釜ほどもある鉄なべを火にかけ、男たちが大しゃもじを回す。ヒツジ肉、タマネギ、豆類などをトマトペーストで煮込んだシチュー、名物料理のゲイメが湯気を立てる。私が訪ねたアシュケザールという町では、昼の礼拝が終わると一斉にプラスチック製の容器が配られた。中にはゲイメのかかった、たっぷりの白米。無料でふるまわれる。太鼓の一団の露払いを受けて、小ぶりな鎖を手にした男たちが現れた。リズムに合わせて振り上げながら行進。壇上からの声に「ヤー、フセイン!」と声をそろえる。フセインは、この行事の主人公。680年に非業の死を遂げたとされる男性を追悼するのが、アシュラの目的なのだ。

なつかしい空気
 アシュラは追悼の儀式なので、参加者は黒い衣服で身を包むのが決まりになっている。なのに私は人混みで迷子にならないよう、あえて白いワイシャツを着ていったが、とがめる人は誰もいなかった。フセイン哀悼のかけ声を上げるときなど、ただならぬ熱気を感じる場面もあったが、危険はまったく感じない。あたたかい空気に、懐かしい気持ちになった。少年時代を思い出したからだ。アシュラの雰囲気は、まさに地元の祭りそのものだった。イランでは自由な恋愛が規制されているが、この日は大手を振って夜歩きができるとあって、若い男女にはナンパやあいびきの絶好機にもなっているそうだ。そんなところも日本の祭りに似ている。確かに、きのう美容院に行ってきましたと言わんばかりの髪形をした年頃の男性を何人も見かけた。

血まみれの行事?
 ところが、この行事を辞書的に表現すると、「殉教した宗教指導者を悼むため、自分の体を傷つけるなどするシーア派の儀式」ということになる。シーア派が生まれたのは、イスラム教の開祖・ムハンマドの没後すぐ。原因は後継者争いで、ムハンマドの血統こそがふさわしいと主張した人たちが党派をつくった。フセインはムハンマドの孫に当たる。だが、血筋にこだわらない人の方が多く、シリアを中心に勢力を伸ばしたウマイヤ朝の指導者を後継に据えた。後に、この「シーア派ではない人たち」をスンニ派と呼ぶようになる。

 シーア派の伝承では、フセインはウマイヤ朝の手で殺害されたことになっている。これを額面通りに受け取ると、アシュラはシーア派が自分の体を鎖でたたき、フセインの受けた苦しみは決して忘れないぞとスンニ派への恨みを新たにする、激しく恐ろしい儀式ということになる。だが、なにせ1300年以上も昔の話。日本では「大化の改新」が行われたころだ。蘇我氏の無念をいつか晴らすぞ……と怨念を抱き続けている人がいないと断言はできないが、そりゃ形骸化もするというものだろう。だから祭りのような色合いが濃くなるんだろうなというのが、イランで3回のアシュラを経験した私の実感である。使われていた鎖を持たせてもらうと、実に軽い。背中にうちつけてもあまり衝撃はない。

イランはいつからシーア派に?
 イランも、実はかつて、スンニ派が多数を占めていた。転機はフセインの死から800年以上もたった後のこと。シーア派系の教団だったサファヴィー朝がイランで勢力を広げ、1501年、シーア派を国教にすると宣言した。スンニ派の陰に隠れていた人びとがイランに集まり、シーア派文化が花開いた。ところが、次にイランを治めた18世紀のアフシャール朝は、スンニ派を奉じた。新しい支配者としてインパクトを出すために、前王朝との違いを明確にしたかったらしい。その後のカーシャール朝も同じことを考えたのか、今度はシーア派に戻した。

 20世紀に入ってできたパーレビ朝は、イスラム勢力自体を排除。西欧化を推し進めた。この時期、英国とソ連がイランに侵攻。第2次世界大戦後には米国が介入し、西洋文化におもねる国王の姿勢に批判が強まる。結局、1979年にイスラム革命という振り子戻しが起き、イランはシーア派の教えを国造りのもととする国になった。というわけで、イランにおける宗教のあり方は政治にほんろうされ続けてきた。アシュラをはじめ、シーア派の文化自体はイランに根付いている。ただ、現在の国教がシーア派になっているのは、長い目で見ればたまたまだと言える。これは、どの国も似たりよったりかもしれない。日本も戦前は神道が国教だった。サウジアラビアはスンニ派の中でも特に厳格なワッハーブ派で知られるが、これは18世紀に成立した宗派。地方の豪族だったサウド家と組むことで勢力を伸ばし、サウド家はアラビア半島の大部分を国王として支配、ワッハーブ派はその国教となった。

革命の輸出
 中東で宗派対立が激しくなったのは、イラン・イスラム革命のあとのようだ。革命は各地で不遇をかこつシーア派の人びとを歓喜させた。イランの最高指導者となったホメイニ師は、「革命の輸出」を国の基本方針に掲げる。各地のシーア派と連携をすすめ、武器や資金の援助もした。たとえば、レバノンで反イスラエル闘争を続けるヒズボラという組織は典型的な例だ。

 シーア派が力を持つことを、ほかのイスラム諸国は警戒した。隣国イラクは1980年、先手を打ってイランに侵攻。サウジアラビアなどペルシャ湾岸の6カ国は81年、湾岸協力会議(GCC)をつくった。中東で宗派対立と呼ばれていることがらは、このように、実際には「イランと周辺国の対立」であり、宗教的な正統性を巡って戦っているわけではない。たとえば2011年から続くシリア内戦。イランがシリアのアサド政権を支持するのは、同じシーア派だからだという説明がよくされる。だが、私が今までにイラン政府関係者を取材して、宗派の話を聞いたことは一度もない。ちなみに、アサド大統領はアラウィー派という宗派に属し、シーア派に分類はされるものの、断食や巡礼をしないなどイスラム教でもかなり独自の教義で、イラン人は宗教的な共感をほとんど持っていない。

イランが見ているのはイスラエル
 さまざまな取材を総合すると、イランがアサド政権を重視するのはこんな理由だ。イランが安全保障上、最も恐れているのはイスラエル。イランよりはるかに性能の高い兵器を持ち、核保有の宣言こそしないが核兵器を持っていることは確実で、イランを射程内におさめている。だが、イランには有効な対抗手段がない。そこで重要なのが、イスラエルの隣国レバノンにあるヒズボラ。宿敵の首元に突きつけたナイフのようなものだ。

 シリアは現在、イランがヒズボラに武器や資金、物資などを送るルートになっている。アサド政権が崩壊すれば、イランを敵視する反体制派が政権につく可能性が高く、ヒズボラは孤立してしまう。だから維持にこだわってきた。イランが見ているのはシリアではなく、イスラエルなのだ。
やはり宗派対立が内戦の原因だとされるイエメンに関しては、サウジアラビアが3月に反体制派フーシ(シーア派)の空爆を始めるまで、イランでの取材では話題に上がったことすらなかった。今も、サウジを批判するのがせいぜいで、具体的に介入する動きはないに等しい。核開発に対する制裁でカネが底をつき、そんな余力はないというのが実情のようだ。なお、フーシが2004年から戦闘を続けてきた相手は、30年あまりも独裁を続けてきたサレハ元大統領。そのサレハ氏は、フーシと同じシーア派。スンニ派のサウジは、イエメン安定のため、サレハ氏を陰で支えていたとされる。宗派、関係ないのだ。

違いを超えて
 イランは最近、シリアを巡って、必ずしもアサド大統領自体の存続にはこだわらないと姿勢を軟化させている。大事なのは、ヒズボラと現状のやりとりを続けられる程度にシリアへの影響力を保つことなわけで、政権移行のプロセスに積極的に関わろうとしている。

 もう一つ、イランを軟化させた理由がある。シリアやイラクで勢力を伸ばす「イスラム国」(IS)だ。スンニ派の過激派組織で、シーア派は邪道であり全滅させると明言している。サウジアラビア東部にあるシーア派のモスクは、ISによる爆破テロの標的になってきた。イランとはまだ距離があるが、あからさまな敵意は脅威。アサド政権に任せるだけでは、ISへの十分の対処にはならないと踏んでいるのだ。そのISは、少数民族クルド人の部隊と交戦している。クルド人のほとんどはスンニ派だ。

 また、スンニ派信仰を強調するエルドアン大統領のトルコは、クルド人武装組織を空爆している。その強硬姿勢が評価されたのか、6月の総選挙で過半数割れに追い込まれた与党の公正発展党(AKP)は、11月の再選挙で圧勝した。シーア派とスンニ派は確かに違う。だが、力を持つ人びとに都合良く利用されてきたし、今もされている。宗派の違いでは説明できない紛争も多い。私は、宗派の違いを理由にものごとを正当化するようなプロパガンダを警戒するためにも、あまり安易に中東情勢を宗派で読み解かない方がいいんじゃないかな、と思っている。

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2016.01.11 Mon

異邦人諸国への祈り〈 マリ共和国 〉

異邦人諸国への祈り《 2 》

 迫害が厳しい国々の状況を毎週ひとつずつ「クリスチャン迫害国 ワースト50」より紹介します。イスラエルに加えて、すべての人のために、すべての聖徒のために祈りましょう。
 参照・・・1テモテ2:1、エペソ6:18、ヘブル13:3



◆マリ共和国(首都:バマコ)

◆人口:1620万人(クリスチャン44万人)/主宗教:イスラム教

◆政治体制:共和制/迫害の主体:イスラム過激派

 近年まで、マリは比較的政情が安定し、穏健派イスラム教徒が多い世俗的国家であった。しかし、2012年のクーデター後、北部はイスラム主義者や反乱軍によって一時独立。仏軍の介入によって国家転覆は食い止められたが、北部の教会は壊滅状態に。クリスチャンは南部に集っている。

礼拝2聖書アイコン

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