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2015.12.31 Thu

元旦礼拝・牧師奉仕のお知らせ

元旦礼拝・牧師奉仕のお知らせ

★2016年元旦(金)のイベントについて★
聖書アイコン

 本年5月から私どもの教会は神様の導きを受けつつ多摩センター駅前(桜美林大学施設内)で走り出し、まもなく2015年が終わろうとしております。教会スタートの準備も含め、一年間大変お世話になりました。お忙しい年の瀬ですが、残りの数日も風邪など召されることなく、皆さまの上に神様の守りが豊かにありますように、そして来たる新年もお一人おひとりがこれまで以上に神様の愛を感じつつ歩むことができますように・・・

 多摩における活動が、少しでも聖書を通してキリストを知っていただく助けとなれば、こんなにうれしいことはありません。新約聖書にて、キリストの福音(希望に満ちた良き便り)を知った人々の歩みは、喜びに満たされたものに変えられます。今日いかに時代が変わろうとも、その喜びは私たちの日々の歩みをも変える力があります。
 
 日本人は古来からのあまたの神々に手を合わせ、にぎやかに祭り、目に見える祝福はお祈りしますが、そこから私たちの意識を根本から変えるような、世界大の希望に満ちたのメッセージを語ることはできません。そもそもあまたの神々はそんなメッセージを持っていません。だから私は自信をもってお勧めします。こんなに素晴らしい聖書が示す希望の輪を広げてゆくべく、引き続きまい進いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

 さて、当教会での元旦のイベントは特に予定しておりませんが、牧師の小野寺はさいたま市岩槻区にありますベテルバプテスト教会元旦礼拝にて奉仕いたします。

 平日はグレースバプテスト神学校の教室としても利用しており、神学生の時には学び舎として、また礼拝奉仕者として招かれた際は兄姉との暖かい交わりやサポートを通して大変お世話になった教会です。2015年の元旦はイスラエルで過ごしましたが、支えていただいた教会からお招きいただき、翌新年を迎えられることは光栄です。(v^ー゚)



◆日時:2016年元旦(金) am11:00頃からを予定
べテルバプテスト教会
〒339-0065 埼玉県さいたま市岩槻区宮町2丁目13−5(東武アーバンパークライン(旧東武野田線)岩槻駅もしくは東岩槻駅より)

ベテルバプテスト教会1ベテルバプテスト教会2

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2015.12.27 Sun

12月27日 日曜礼拝

12月27日 日曜礼拝(34)
天候:晴れ

■賛美 
聖歌626(旧588)主とともにあゆむ
627(589)めぐみの高きね

■メッセージ:みことばへの信頼~一年を振り返り(詩篇119:89-96)
①堅く据えられている
②喜びである
③無限の広さを持つ




◆ 詩篇119篇について
・ ヘブル語アルファベット(22文字)が、8節ずつ頭文字に用いられる。全167節で構成される。アレフベート詩篇と呼ばれる。
・ ちなみにアレフ、ベイト、ギメル、ダレット、ヘー、ヴァウ、ザイン、ヘッド、テッド、ヨッドと来て、89節はラメッド(英語のLに当たる)で始まる。
・ 主題である神のことばについて、みおしえ、さとし、戒め、おきて、仰せ、さばき、ことば、道などの単語を約10種類の原語を用いて、多様に表現される。

◆ なぜ聖書に信頼を置き続けることができるか?
・ 信仰(の定義)は目に見えないものへの確信。(ヘブル11:1)
・ クリスチャンの信仰は、根拠の無いものに対する盲信ではない。
・ 永遠に定まっている(不変である)神のことばに信頼を置く。参照 1ペテロ1:24-25
・ 神のことばの真実性は被造の世界において証明されている。つまり被造物は営みを通して、神のことばの確かさを教えている。
・ 秩序正しい天体の運行や、それに伴う気象の変化は、神がつくり保持しておられる諸法則による。自然界もまた、神のしもべといえる。
・ 天体の動きと神の契約の関係(参照 エレミヤ33:19-22)

▼ その他の聖句
詩篇 89:33-35"しかし、わたしは恵みを彼からもぎ取らず、わたしの真実を偽らない。わたしは、わたしの契約を破らない。くちびるから出たことを、わたしは変えない。わたしは、かつて、わが聖によって誓った。わたしは決してダビデに偽りを言わない。

◆(例話)海の道しるべは決して揺るがない
 見晴らしの良い場所に灯台を建てようとするとき、問題は土台をどこに据えるか。高層の灯台が強い海風、大嵐の中にあっても揺らぐことがないようにするには、堅固な土台が必要である。少しでも灯台がぶれるなら、そこから発せられる光の角度はぶれ、夜間航行する船にとっては座礁など危険な状況になり得る。聖書という灯台は、天において堅く据えられている。
 
・ 人生で出会う苦難や試練に対して、真の導きを与えるのは堅く据えられたみことばであり、それが分かるとみことばを学ぶ時間は私にとって喜びとなる。
・ 導きとは、試練の解決法、対する心構え、試練の意味などを指す。
・ 私のような者を教え、問題の淵から引き揚げ、取り扱ってくださったという感動を119篇の作者自身は描き、みことばを喜ぶ。
・ 苦難の意味を知ることは、人生の本当の意味を知ることに通じる。

・ 神と一度和解したクリスチャンは、いかなることがあろうと神から引き離されることはない。
・ 神は困難を通してクリスチャンを鍛錬し、完成に近づける。
・ その度合いに間違いはなく、脱出の道を用意してくださっている。

▼ その他の聖句
詩篇19:10"それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜂蜜の巣のしたたりよりも甘い"

同119:103"あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘い…"

・ 地上にあるものは、それがいかに素晴らしいものであっても、必ず滅びる。素晴らしくともそれは永遠ではない。何に信頼を置くべきか?神のことばは無限の広さを持ち、知れば知るほど素晴らしさが増してくる。

・ 131:1は決してみことばを探究する歩みの諦めではない。私たちが取り扱うみことばの大きさに比べて私たちの小ささを認めつつ「私はまだまだ知らない」というみことばへの謙遜を意味する。むしろみことばを愛するものは、ますます喜びをもって探究する。

詩篇 131:1"主よ。私の心は誇らず、私の目は高ぶりません。及びもつかない大きなことや、奇しいことに、私は深入りしません。"

・ クリスチャン生活には妨害もある。例えばある聖会に参加して恵まれても一歩外に出た瞬間に現実の戦いがあり、恵みと虚しさを繰り返すような場合がある。

・ クリスチャン生活とは、既に実現した救い(義認)と、今完成しつつある救い(聖化)の狭間にある歩み。クリスチャンはいつも神の助けが必要である。みことばを愛し実践する者でありたい。(参照 ヨハネ8:12など)

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2015.12.22 Tue

ナザレの動画をアップしました!

イエスの故郷ナザレ(突き落としの崖)

YouTubeにて、公開中です。他の動画とともにご覧ください。



聖地旅行バナー

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2015.12.21 Mon

イスラエルを食べよう!(タイーム・恵比寿)

恵比寿で気軽にイスラエル体験!

先日、聖地旅行に行った仲間たちと、会食する機会がありましたが、その時に利用したお店をご紹介します。イスラエル料理タイーム(ヘブル語で「美味しい」の意)。

フムス、カバブ、シェクシュカなどイスラエルの料理が恵比寿で手軽に楽しめます。フムスは、ひよこ豆をすりつぶしてオリーブオイルなどで味付けしたペーストをピタ(ナンのような薄く焼いた生地)に塗って食べるのですが、思わず「これだよ!これっ!」と声をあげてしまいました。聖地旅行の時の味!

店の壁にはヘブル語がいっぱい!!イスラエルのラジオ放送が流れる店内で、テルアビブ育ちのユダヤ人のご主人が振る舞う料理を楽しもう。日本での滞在経験も長い方ですので言葉も大丈夫。でも是非ネイティブのヘブル語の発音も聞いてみて!割と小さなお店ですので、ご主人との会話も楽しもう!

イスラエル料理 タイーム恵比寿
http://www.ta-imebisu.com/

タイームHPタイーム料理

タイーム店内タイームご主人
タイームで会食



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2015.12.21 Mon

12月20日 日曜礼拝

12月20日 クリスマス礼拝(33)
天候:晴れ

■賛美 
聖歌70(旧122)たみみなよろこべ
86(138)君なるイェスは今あれましぬ
96(148)きよしこのよる

■メッセージ:与えられた世の光③-東方の博士の礼拝(マタイ2:1-12)
①東方からの導き
②昔からの定め(預言の成就)
③見つめるべき世の光




▼ ユダヤ人・異邦人
ルカ2章の羊飼いたちはユダヤ人初のメシア礼拝と理解されるのに対して、マタイ2章の東方の博士は聖書の記事最初の異邦人によるメシア礼拝と理解される。

マタイは自らの記事を、主にユダヤ人に宛てて書いているにもかかわらず預言の成就というユダヤ的キーワードに絡めて、異邦人である博士の記事を記すのはなぜか?それはメシアの降誕は異邦人にとっても必要であり、全世界にとって喜ばしい出来事であることを教える。選びの民はこの素晴らしい出来事をそこでとどめておくのではなく、宣べ伝える使命がある。

パウロをはじめとする使徒たち→ユダヤ人による初代教会→異邦人教会を経て今日のクリスチャンがある。今日世界に存在する多くの教会(多くの場合は異邦人)もまた、この素晴らしき出来事をありのまま伝える使命がある。クリスチャン同士で慰めあうだけのクリスマスであってはいけない。

▼ ルカ2章との時系列的な問題
羊飼いが飼い葉おけに眠るメシア(キリスト)を礼拝した出来事から、約2年の経過がある。その根拠として13節以降で、東方の博士が帰った後に恐れたヘロデ大王がキリストと年齢の近い幼児たちを虐殺するが、殺すべき幼児の年齢を2歳以下と特定していることより。

つまり博士がメシアと出会った場所は、既にイエスが誕生した荒野の羊飼いたちの洞穴(一般的には厩と言われるが・・・)ではなく、ベツレヘムの町に移っているだろう。

ちなみにユダヤ的習慣としては、その間に八日目の割礼や命名など(ルカ2:21~)を他の子どもと同様に通過している。

▼ 博士の人数と移動方法
博士は3人とは限らない。夜の荒野の治安などをかんがみ、恐らくキャラバン(商隊)に交じって移動しただろう。



▼ 博士の素性と星の導き
聖書において東方とは、イスラエルを中心に東方でありバビロン地方。バビロンはバベル事件(創世記11章)の時は既に占星術のルーツとして確立。天文学(学問)、占星術(占い)、月神など偶像礼拝の区別はあいまい。それから時代を経て、日常的に星を扱い、天文に通じた者たちを神は用いた。神は相応しい者たちを相応しい方法で用いる。

逆に私たちはそれに応答する選びが問われている。知的に知っているだけでは、いくら聖書を学んでも意味がない。理解し、受け入れ、内なる御霊に委ねる(満たされる)必要がある。

「星」が大切な時を表わすことは民数24:17で既に預言されていた。大切な時とは、ユダヤの王の誕生である。星(9)は異常な動きを伴う超自然の星、神の臨在を示す光(シャカイナグローリー)。

彼らは星に導かれた時点で、その示す先にユダヤの王がいて、それは礼拝に値する存在(4節では「キリスト」=油注がれた者)であることを理解し、贈り物を用意して出発した。油注ぎは祭司や王の任職と関係する行為で、特にダビデはベツレヘムで王の油注ぎを受けたがゆえに、ここは「ダビデの町」と呼ばれる。

キリストはメシア(救い主)と同義であり、星が示すお方は単なる王ではない。ベツレヘムで生まれることを表わす預言に、ミカ5:2がある。ここで「昔」と訳される原語「ケデム」( קדם)は神に対して用いられる。それらは永遠の昔からの定めである。異邦人がキリストに在って救われることもまた、世界の基ができる前からの定め(エペ1:4-5)博士たちは、預言を信じて実際に移動し、贈り物を用意してひれ伏して礼拝した。

【 ミカ書 】
Mic 5:2 ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。

【 エペソ書 】
Eph 1:4 すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

Eph 1:5 神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
≪それぞれ新改訳聖書 第二版より≫




礼拝を奉げるべきお方のために、犠牲を払い、実践を伴う。自分を誇るためでなく、礼拝する対象の大きさを認め賛美するとき、それとは対照的に自らの大きさはだんだん小さくなってゆくことは前回述べた。

彼らは礼拝後に「ヘロデに知らせるな」と夢の導きを受けた。それに従い、ルートを変更して帰った。結果ヨセフ一行がエジプトに逃れる助けとなり、また黄金は経済的な助けになっただろう。
 
宝物(黄金・乳香・没薬)の意味、またベツレヘムで居場所がなかったことなどは、メシアの生涯の内容を表わしていると理解してよい。祭司や学者たちは預言書の記事から、王の誕生についての預言を知的に理解しつつも、その到来を喜ぶことなく反対にヘロデの殺意に同調してしまった。

キリストは暗闇(同4:15-16)で、失われた者(迷子)である(ルカ19:9)私たちに与えられた世の光。博士たちが見るべき星を見きわめたように、私たちも唯一の救い主のみを見上げて、今日も感謝したい。そして感謝しつつクリスマスに込められた神の愛を、行動を通して表現できますように。

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2015.12.20 Sun

クリスマス礼拝・告知

クリスマス礼拝告知

■日時 2015年12月20日(日) 11:00-12:00 ※終了いたしました。

メリークリスマス
"きょう、ダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これがあなたがたのためのしるしです。"(新約聖書 ルカの福音書2:11-12)

それは"この民全体のためのすばらしい喜び"!(同 2:10)

暖かい室内で、クリスマスの歌を賛美し、クリスマスの本当の意味について考えてみませんか?心温まるメッセージに耳を傾てみませんか?ささやかですが、当日はプレゼントを用意してお待ちしております。皆さまのお越しを心より歓迎いたします。

クリスマス2015

◆関連動画 「イスラエル聖地旅行【2】バプテスマのヨハネとイエスの誕生」


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2015.12.14 Mon

12月13日 日曜礼拝

12月13日 日曜礼拝(32)
天候:曇りときどき雨

■賛美 
聖歌85(旧137)いれまつる家あらず
70(122)たみみなよろこべ

■メッセージ:与えられた世の光②-羊飼いの賛美(ルカ1:46-56)
①低い者と主の出会い
②御使いの賛美
③ユダヤ人最初のメシア礼拝




▼イエス誕生までの文脈
マリヤとヨセフはいいなずけで婚約期間中であった。ユダヤ的に考察すると、年齢は十代前半、通常一年くらい設ける。法的にはすでに結婚と同等に扱われる。同居はしておらず、当然肉体関係もない。目的は互いのきよさを確認することと、最も大きいのは育ててくれた両親への恩返し。ユダヤ社会の習慣、またそれらに従って歩む若い二人の姿勢が、メシア誕生のきよさ(処女懐胎)を証明することになる。

1 既に妊娠して6か月経つエリサベツ(バプテスマのヨハネの母、不妊で高齢)とマリヤは3か月滞在し、夫ヨセフの待つナザレに戻った。滞在の目的はエリサベツに身に起こった奇蹟と御使いとのやり取りを確認することで、自らの置かれた立場を再確認すること。大まかにヨハネの出産の頃までいただろう。

2 マリヤの身体には妊娠に伴う変化が起こっていた。葛藤の末、愛ゆえに密かに別れようと決めた夫ヨセフへの天使の介入。

3 人口調査(年代についてはクレニオ(ルカ2:2)が総督であったのがBC10-7)。はじめはAD6-7であったと理解されたが、それ以前に実は総督になっていたことが分かった(Dr.W・ラムゼイ)。

▼ベツレヘム(パンの家の意)
・エルサレムの南8キロに位置する。ヘブロンとエジプトに通じる主要道路があった町。肥沃でいちじく、ぶどうなどが育つ。

・族長ヤコブの時代にはエフラテと呼ばれ、妻ラケルが埋葬された(創35:19)。小預言書のミカ5:2は、メシア誕生の地を明確に示す唯一の預言箇所であり、「ベツレヘム、エフラテ」と記されている。

・ダビデはここで父の羊を飼っていて、預言者サムエルによって王として油注ぎを受ける(1サム16:13)。 それ以来、エルサレムとは別に「ダビデの町」と呼ばれる。

・今日では、AD330年に建った聖誕教会が有名。ヨルダン川西岸に属し、アラブ人イスラム教徒中心の町。

▼羊飼いの待遇
【参照】ヨッパ(ヤッフォ)に住んでいる皮なめしのシモン(使徒10:6)の扱いより、動物や皮を扱う者たちの待遇について考えたい。A:彼の家が海沿いにある理由。B:皮なめし職人の需要と社会的評価。C:儀式的汚れに伴う礼拝制限。

・「しるし」が与えられる。しかし前の2者(1:20・36)とはまったく異質。至高者であるイエスが末端の低い者に現れてくださった。

▼御使いたちの賛美
・きょう(11)とは、神の時が満ちた特定の「今日」を指す。ユダヤの暦で一日は日没と共に始まる。夜を選ばれたのは神の栄光が見えるため、それ以上に二度とない「今日」の最初の目撃者として、神が羊飼いたちを歓迎しているようではないか。
 
・12月25日の是非(具体的記述は聖書にない。12月の夜番の可能性について、聖地旅行体験より考察。)

・1:43の「主」は旧約聖書の神の御名(ヤハウェ)を意識している。

・イエスを「救い主」と呼ぶのは共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)ではルカのみ(使徒5:31、13:23)。

・ギリシャ語で「メシア」が最初に用いられる箇所。キリストとは「油注がれた者」という意味。

・布(荒布)、それは死体を蒔くための布ではないか?生まれた時から死を予感させる歩み(主の誕生が、羊飼いたちの洞穴であることのユダヤ的考証より)。

・まさに御使いはみどりごを「救い主」「キリスト」「主」と三重にたたえる。「いと高き方の栄光が」はラテン語で「グロリヤ・イン・エクセルシス」と呼ばれる。

・栄光と平和をもたらす・・・「高き方」が「低き者」に現れ、「軍勢」によって「平和」をもたらすという逆説的方法を用いるお方。

▼礼拝の姿勢
・みこころにかなう人々(14)に。
・マリヤは羊飼いと御使いのやり取りについての言葉を心に納めた。
・神をあがめ、賛美して(56)・・・暗い夜道であっても、心からの賛美が彼 らを照らし、日常の生活に戻って行った。キリストに出合う者は人生を変えられる。

【私たちへの適用】
ユダヤ人最初のメシア礼拝に与った社会の底辺にいる羊飼いたちの姿を、日本でまだ救い主を知らない人々よりも先に招かれた私たちクリスチャンに適用し、あらためて普段の生活態度や、礼拝への姿勢を考え、新たな決意と祝福をいただいてこの場を出たい。
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2015.12.12 Sat

イスラエル聖地旅行【終章】動画アップしました。

「イスラエル聖地旅行【終章】希望に満ちた良き便り~ヨッパから世界へ」を動画アップしました。

なお、聖地旅行の動画の連載はこれからも続きますのであしからず。まだご紹介していない部分について今後もアップしてゆきますので、ご覧ください。



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2015.12.09 Wed

イスラエル聖地旅行の動画アップ

イスラエル聖地旅行の動画アップ

イスラエル聖地旅行の動画をYouTubeにアップしました。今度はエルサレム旧市街(アラブ人地区)を歩いたときの様子です。是非ご覧ください。



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2015.12.07 Mon

ユダヤ人宣教団体「ONE FOR ISRAEL」

ユダヤ人宣教団体 ONE FOR ISRAEL 
http://www.oneforisrael.org/
ONE FOR ISRAEL

新約聖書のヨハネの黙示録や、それを理解するために必要な旧約聖書の預言書の記事から、私たちは終末、7年の大患難時代においてユダヤ人たちの民族的リバイバルが起こると信じています。「ユダヤ人はどうせ頑なだし、その時が来るまで放っておいてよい」と理解する立場もありますが私自身は賛同できません。また、 “異邦人同様に”救いが必要と建前上主張しつつも、日々の教会活動の中では黙殺するようなことも、個人的には違うと思います。「異邦人もユダヤ人も同列」と言いながら、実際はユダヤ人について言われることがほとんどありません。

しかし聖書は、異邦人はユダヤ人に対して大きな霊的な借りがあり(キリストは、福音はイスラエルから世界に発せられた)と教え、また使徒パウロは異邦人に向けられた使徒でありながらユダヤ人の救いを最後まで強調し、諦めなかった。無条件契約の一つであるアブラハム契約はイスラエルを祝福する者への祝福を約束し、詩篇には「エルサレムの平和のために祈れ」とある。

簡単ですが以上の点から、私自身はイスラエル・ユダヤ人も異邦人同様に魂は滅びに向かっていて、今この瞬間もキリストによる救いが必要であり、それは建前だけでなく実際の行動や祈りをもって示さなければならないと考えています。そのような訳で、今回はこの団体を紹介させてください。イスラエルにおいて、ユダヤ人伝道やメシアニックジューの訓練の役目を果たす団体です。多くのユダヤ人は、ユダヤ教(正統派・改革派(世俗的)・その中間)に身を置きます。ユダヤ教では「悪魔のわざを用いる冒涜者」と教えられるイエス・キリストが、本当は聖書が示す救い主であることに気づいてしまった人々は、日常生活において非常な困難が生じます。

ユダヤ教の超正統派の中に、反宣教団体というものがあります。彼らはイスラエル国内で行われるクリスチャンの宣教に対し、中傷ビラや脅迫、また時に命にかかわるような暴力的な方法で妨害しようと試みる過激派(もしも文句があるならば同じ土俵で、つまり神の言葉である聖書で勝負すべきです)。

そのような妨害を受けつつなされるONE FOR ISRAELの働きに励ましをもらうと共に、これが使徒パウロの思いであったとも理解します。異邦人目線の“キリスト教文化”の押し付けではなく、純粋に彼らユダヤ人の落とし物(イェシュア)を返してあげたうえで、ラビによるユダヤ教文化(いわゆるユダヤ教)と本来聖書が命じる生活とをちゃんと線引きできるように訓練する必要があります。ユダヤ人としてのアイデンティティを殺すことが信仰生活ではありません。この団体の活動を神が大いに用いてくださいますように。


▼某聖会でお会いしたモッテル・バルストン師




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