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2018.08.09 Thu

ベテルBC 2018年サマースクールの報告

ベテルBC 2018年サマースクールのご報告
合同日曜礼拝の記事はこちらから。

◆ベテルBCでは7/27からサマースクールが催され、今年は聖書から「モーセの生涯」を取り上げ、地域の子どもたちにキリストと福音をお伝えしました。その最終日の日曜礼拝にお招きいただき、当教会と合同で神様を礼拝いたしました。
*会場はベテルBC ( 埼玉県さいたま市岩槻区宮町2丁目13−5 )

 また、午後はハレルヤフェアと称し、子どもたちが練習してきた劇や歌を披露しました。また信徒や神学生が一生けん命準備した楽しいゲームでおもいっきり汗を流し、プログラムの合間には教会で用意されたお菓子や飲み物をおいしそうに頬張ります。笑顔いっぱいのひと時でした。

 また、軽井沢を拠点に活動する宣教団体「SYME」のスタッフ4名が加わり、準備にあたる3名の神学生を支えつつ、楽しいイベントが出来上がりました。当日は台風接近の影響が心配され、時折雨が激しく降ることがありました。しかし神様に守っていただき、お昼近くにはすっかり晴れて普段以上の暑さに。入道雲と青空の下、涼を求めて子どもたちは水浴びし、最後まで楽しんでいたようでした。
 
聖書アイコン


 最後に私共にとっても、信徒同士のチームワークなど学ばせていただき、またベテル兄姉の皆様から多くの励ましの言葉をいただき感謝でした。どうか神様が子どもたちの柔らかな魂をとらえてくださり、イエス様を個人的な救い主として信じることができるように。


◆日曜礼拝メッセージのご紹介
「生ける水に手を伸ばせ!」 小野寺望(希望の光バプテスト教会牧師)
*出エジプト記 17章1節から

1 モーセの生涯 【 出エジプト記の文脈の再確認 】
(1) ユダヤ教にとって:旧約聖書(5書)の記者、解放者、偉大な預言者。アブラハムに次ぐ英雄、「モーセの弟子」という民族的・宗教的な誇り。

(2) 生涯:80歳で神の召しを受け、活動開始(出7:7、使徒7:23・30)。120歳で召天。モアブの地、ネボ山・ピスガの頂にて(申31:2、34:7)  *出エジプトの出来事は前1445年頃(1列6:1には神殿建設着手の480年前)*カデシュ・バルネアの出来事の時には85歳(ヨシ14:10)

(3) モーセが導く民:200万の民を組織化(出12:41)〈4ページの地図参照〉
(4) 聖書の取り扱い:「モーセ」817回(旧約:733回、新約:84回)※内訳の一部:出279回、レビ79回、民225回、申36回・・・従って、彼の生涯について知りたいならば、上記4書を中心に読み解くのが良い。

2 出エジプト記を読む前に心得ること
(1)5書の関連性:モーセ五書は本来は一貫した書であり、文脈で理解する。

(2)タイトルからの誤解:出エジプトという出来事は重要であるが、それだけが本書の主たる内容ではない。前半のハイライトである出エジプトを(受洗)と例えるならば、後半はシナイ山で律法を受け(神を知る)、幕屋で礼拝が運用される(神との交わり)と3区分で理解できる。それぞれが重要である。

◆ このメッセージのアウトラインとゴールの紹介
1 現代の人々にとってモーセとは・・・(1)ヘブル語聖書のタイトル「シェモット」の再評価。(2)全人類の置かれた悲劇的な状況。

2 「岩」が指し示すメシア(救い主イエス)・・・*全人類がメシアから飲むべき「生ける水」。
◆ このメッセージは、出エジプト記を読む意味を再確認し、救い主キリストの生ける水の尊さを学び、受けるようお勧めするものである。

Ⅰ 民の試み:不満と不信仰 (1~4節)
(1)つぶやき(不満)に至る文脈 「飲む水をください」。①マラ(「苦い」の意・訓練) ②エリム(「なつめやし」の意・祝福) ③シンの荒野(「肉が食べたい」;つぶやきへのマナの供給)

*荒野の旅は、【主】がご自身の民を訓練する学校。レフィディムは試練の場。マラ、シンの荒野を経て、つぶやきが争いに、関係が悪化している。

(2)真のリーダーを見失う民
①モーセの回答:「なぜ私と争うのですか」→本当のリーダーは【主】である。「なぜ【主】を試みるのか」→モーセへの不満は神への罪に。*【主】が本当に自分たちを守ってくれるのか、という疑いから暴徒化寸前。


Ⅱ 神の応答:励ましと恵み(5~6節)
(1)【主】による励まし
 ① モーセへの励まし:「民の前を通り…」→身の安全の保障を約束した。② 奇蹟の準備:「長老たちを連れ…」→モーセを通して起こる奇蹟の証人。③ 民への励まし:奇蹟(ナイルを血に変えた)の「杖」から希望を与える。

(2)【主】の命令と恵みの供給
 ① 「岩」を打て(打つ場所は【主】の栄光が示してくださる) ② 「岩」とは岩盤であり、主は地下水が流れる場所とタイミングを指し示した。 ③ 詩篇78:15-16 「深い水からのよう」「数々の流れ」「川のように」溢れる水は【主】の恵み。多くの民や家畜を渇きを潤すのに十分。 

Ⅲ 名の記念:試みと争い(7節)
(1) 記念として二つの地名を与えた(モーセが命名)
 ① マサ(「試み」の意) ② メリバ(「争う」)  ② 民数記20章の「メリバ」は、38年の放浪後のカデシュ・バルネア(ツィンの荒野)での出来事・・・民の本質はほとんど変わっていない。

◆ 結 論:すべての人に必要な、渇くことのない生ける水を
1 現代の人々にとってモーセとは・・・ (1)ヘブル語聖書のタイトル「シェモット」の再評価。「さて、これらが名」の意。創世記のヨセフ物語以来、430年が過ぎた。今はエジプトで奴隷。神の契約はどうなったんだ!という緊張感がある。契約を受け継ぐ系図が記され、そこに新たな「解放者」の名が加えられる。

(2)全人類の置かれた悲劇的な状況。出エジプト記は、エジプトからの解放物語。しかし、また聖書全体からその他の「解放物語」の型(タイプ)でもある。例を挙げると・・・

*世に生きるすべての人が、神にと言い争う者であり、試みる者である。

2 「岩」が指し示すメシア(救い主イエス)
*「岩」が象徴的に使われる場合、常にメシアを指す。
*「世」の渇きに潤いを!メシアが与える「生ける水」を! ★ヨハネ4:13-14



ベテルBC2018サマースクール②
ベテルBC2018サマースクール①
ベテルBC2018サマースクール③
ベテルBC2018サマースクール④
ベテルBC2018サマースクール⑤




希望の光バプテスト教会

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2018.05.10 Thu

牧師の学び・1日で分かる『イスラエル論』

【 一日で分かる『イスラエル論』(5/5・土)リポート 】
 5月恒例フルクテンバウムセミナーに代わり、昨年から始まったハーベスト・タイム主催の1日セミナー。その模様をご紹介します。

 こどもの日の朝9時半、連休にもかかわらず8,500円払ってでも真理を求める気概ある”ギデオンの300人”が日本青年館(神保町)に集いました。開場時間ちょうどで既に150人くらい居たでしょうか?私の隣の方も山形で牧会されている牧師先生(私と同年代くらい?)でした。会場中に静かなる気迫を感じます。

 さて、今回のテーマは「イスラエル論」。この度、フルクテンバウム博士の論文の一部が新たに翻訳され、『イスラエル学』としてハーベスト・タイム・ミニストリーズより出版された。その内容のダイジェストに加え、本からは割愛されたが理解のために欠かせない千年王国論(契約神学とディスペンセーションにおける終末理解の相違)を1日で学びました。

文脈的には第7回再臨待望聖会(2016年秋)の講義をさらに充実させた前年のセミナー「千年王国論」の続く内容と理解して良いでしょう。

 組織神学の中でなぜ「イスラエル論」が存在しないのか。いくら「聖書の字義通りの理解」に努め、ディスペンセーションの立場で学んだとしても、例えば教科書として用いるヘンリー・シーセンの名著『組織神学』(聖書図書刊行会・いのちのことば社)などに「イスラエル論」が教会論や終末論と独立した形で存在せず、講師がそれに疑問を持たずに教えるならば、生徒は気付くことなく通過してしまう。
 
 それは組織神学を伝える側に、既に(無意識に)契約神学的価値観の残骸が残っているからなのか?その結果、ディスペンセーションを説きながらも周囲でユダヤ人伝道の熱気が高まらないのか。神学生時代を振り返り、自問しつつ聴かせていただきました。今回もまたエキサイティングな内容でした。
 
 充実した講義の合間のわずかな時間でしたが兄姉と交わりや、中川師を通して励みをいただきました。主に心燃やされ、押し出されて会場を後にしました。来年の1日セミナーも楽しみです。聖書的イスラエル観についていただいた香しい知識を、謙遜と愛を働かせ、神の栄光のために用いることができますように・・・

 「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師または教師としてお立てになったのです。それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストの体を建て上げるためであり、ついには私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなとなって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです」エペ4:11-13

2018年5月・1日セミナー①
2018年5月・1日セミナー②

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2017.05.20 Sat

母の日集会 その後の様子

母の日集会 その後の様子
5月14日(母の日)礼拝のプログラムやメッセージはこちらから

母の日2017-2

母の日2017-3

母の日2017-4

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タグ : 教会 礼拝 聖書 日曜 希望の光 母の日

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2016.07.01 Fri

動画を通して希望を語る

言語(ことば)を超える動画の力
 当教会・牧師がシリーズで投稿しております動画、「イスラエル聖地旅行」をいつもごらんいただきありがとうございます。おかげさまで2016年6月段階で23本になりました。

2014年12月~2015年1月に参加した「第60回ハーベスト聖地旅行」の模様をご紹介しておりますので、まだの方はぜひご覧ください。vimeoにも少しずつ投稿予定です。・・・vimeoへ飛ぶ


 さて、言語(ことば)の壁があったとしても、動画は絵が動き、音があることで、ある程度の部分を伝えることができる、これは非常に大きな強みです。大部分は日本国内からの視聴ですが、その他にアメリカ合衆国、イギリス、ブラジル、イスラエル、ニュージーランド、大韓民国、ドイツ、オーストラリア、カンボジア、ケニア、ポルトガル、イタリア、タイ、ベトナム、フィリピン、メキシコ、クロアチア、台湾、エジプト、ポーランドといった国々から、アクセスいただいておりますこと感謝しつつ、たとえ少しの瞬間でも主が真理の光を示してくださいますように。
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2016.06.13 Mon

父の日を覚えて

父の日を覚えて(2016.6.19)

◆ すべてのお父さんの働きを感謝します。
 父の日の由来・・・1909年にアメリカ・ワシントン州のジョン・ブルース・ドッド婦人が、先立った母に代わり、男手1つで自分を含め子供たち6人を育ててくれた父(ウィリアム)を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。
 最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた。当時すでに母の日が始まっていた(1905年)ため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。
1966年、アメリカ合衆国第36代大統領リンドン・ジョンソンは、父の日を称賛する大統領告示を発し、6月の第3日曜日を父の日に定めた。1910年の最初の祝典の際には、YMCAの青年が、父を讃えるために、父が健在の者は赤いバラ、亡くなった者は白いバラを身につけたと伝えられる。(ウェキペディアより一部参照)

 聖書と父・・・聖書では、神さまを「父」という言葉で表現します。それは決して男女差別ではありません。神さまってどんなお方か、考えるときに、私たちにも理解できるように「父」という言葉でご自身を表現し、「父」という言葉を通しておのずと神さまがどのようなお方が理解できるようにされました。
 また、今日さまざまな事情から父の重要性が薄まっているように思えます。望ましいことではありませんが、家庭の形態が多様化し、父の機能があたかも他のものによって代用可能であるかのような錯覚さえ覚えてしまいます。しかし家庭というシステムは神さまが造られ、家庭における父の働きが大切であると聖書は教えます。

 父なる神と子なる神・・・今日クリスチャンが救い主として信じるイエス・キリストは「父」に対して「子」なる神です。決して神が複数あるのではありません。また、初めに「父」がいて、「子」イエスが生まれたのでもありません。聖書は、その位格が複数あることは認めつつも、神としては唯一である(三位一体)と教えます。「父」と「子」、それらの表現から密接な一体性を見出すべきです。

2016年父の日バナー



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